51.添加

 さて。

 物語も終盤に差し掛かってきたところでまた少し話をさせてもらうとしよう。

 フレグマが完成するまでは様々な試行錯誤があったと書いた。

 このフレグマの魔法的な構造について先に簡単に解説しておくことにする。

 繰り返しになるが、フレグマは海底の岩を熱を加えずに粘土状に変化させ、形を整えた後、再び岩の状態に戻す魔法である。

 主に建造物を作ることに使われたこの便利な魔法は以下の様な行程を経る。


 〇岩に含まれる物質Aと物質Bをそれぞれ物質C、物質Dに置き換える 

 〇物質C、物質Dを含む岩を魔法で粘土状にする

 〇魔法が解除されると物質C、物質Dは物質Aと物質Bへと戻る


 海底の岩盤は玄武岩と呼ばれる火成岩で、様々な物質が集まって出来ている。物質Aと物質Bはそれぞれ輝石・かんらん石と呼ばれる物質であるが、この二つを『熱を加えずに粘土状に変化』させることが魔法では困難だった。熱伝導率の高い海水に満たされた世界で、高熱を発する魔法は使い勝手が悪すぎる。発明家の誰もが熱を発しない方法を模索した。

 魔法は万能ではない。無から有を作りだすことはできるが、物質の基本法則を覆すことはできない。たとえば無から水を作ることはできても、熱い氷を作ることはできない。ゆえに上記の置換法という手法が用いられることになったのである。そしてこの置換法が発見されるまでがなかなかに長い道のりであったようで、それまでに実に様々な試みがなされることとなる。

 その中で一番多く試された方法が添加であった。何人もの発明家が玄武岩に別の物質を添加することで変化をもたらし、物質Aと物質Bを含めたままなんとか粘土状にしてやろうとしたのだ。

 結果だけ言えば、添加ではフレグマは完成しなかった。だが、元の物質に別の物質を添加して性質を変える、という手法は実に多用な成果を生みだした。

 物語中で言えば、ミスリルに銀を加える、というのは典型的な添加の活用である。銀を添加し、ミスリルの剛性をあえて低下させることで加工の困難さを解消している。

 とまあ、私からはフレグマの説明の範囲に留め、このあたりで物語に戻るとしよう。


 金属の融点は高い。

 鉄であれば一五三九℃、銀なら九六一℃、ただ火で熱したぐらいでは基本的に金属は液体化するようなことはない。

 だが、何事にも例外は存在する。

 ガリウム、という金属がある。

 融点は約三十℃と極めて低く、手で握るだけで容易く液体化する。

 この特異な卑金属は、他の金属の結晶粒と結晶粒の間、結晶粒界といわれる部分に沁み込み、結晶粒界の強度を著しく低下させるという性質を持っている。

 この現象を金属の脆化、という。

 ヅッソの唱えた“金属の雨”は、まさしくこのガリウムを降らせる魔法であった。

 “絶望アぺル”の防御機能はこれを魔法による攻撃と見なし、肉体を高温にし液体化させた。そこにガリウムの雨が降り注ぎ、“絶望アぺル”の身体に溶け込む。

 そうやって取り込まれたガリウムが銀の結晶粒界へと侵入する。

 この侵入は、本来はある程度時間を要するものなのだが、“絶望アぺル”自身がこれを積極的に取り込んだ格好になり、脆化が促進され、かくして“絶望アぺル”の肉体に早くも変化が表れることなる。


 最初に現れたのは、音だった。

 木が軋むような音。

 小さく軽いものが割れるような音。

 蚊の鳴くような小さな音がいくつもいくつも重なる。

 そして。 

 表面の輝きが所々失われ、白く曇り始める。動いた個所に小さなひびが発生し始めたのだ。

 そして。

 ――ぴしっ。

 ――ぴしぴしっ。

 関節を中心にいくつものひびが重なり、ぽろぽろと崩壊を開始する。

 “絶望アぺル”がその単眼で、自分の両手を見る。

 指の節が白く濁り、己の身体が崩れ始めるのを確認する。

 そして。

 天を向き、“絶望アぺル”は鳴いた。

 ぎぃーんと言う強く長く濁った金属音だ。

 本来であれば一日かけて地表を焼き尽くした後に出す音である。

 肉体の崩壊から己の死期を悟り、鳴いたのだ。

 最後の時が、近づいていた。

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