第7話
目の前に広がる光景は
本当に恐ろしく、不気味であり
でもこの世のモノとは思えないほどに美しく散っていき
鳥肌がおさまらなかった。
と、少年は後に語る。
—————
核シェルターもどきの扉が開いて見えた物は、
無数の蠢く茶色茶色茶色。たまに黒。
どこかで見た事があるようで、この世には決して存在しない異形のモノ。
それらは、人間の骨格に形だけ似せた、ただの茶色い、土のような物で出来たような動く屍。
「おーい…すげぇ数だな…」
多少は戦い慣れている輝光がそう嘆くのも無理はない。
ざっと見ただけでも、
大きな体育館7、8個分、いやそれ以上はあるこの地下シェルターにびっしりと、
その異形は蠢いていた。
「数百はいるよねー…
めんどくさっww
まぁ負ける気はしないけどww」
「おっと、ちーやん強気だな!!
うちも負けないしっ
ヤバそーう!」
智景と茜子がこの状況にも関わらず軽口を叩いているが、
惠嗣にはその会話が本当の余裕からくる物なのだと、
妙な確信がもてるような、そんな会話だった。
その会話を聞いてかどうなのか、茶色い異形の集団は次々とこちらを振り向き、
何やら海賊なんかが持っているような
なんとなくありきたりで安っぽい形の剣をちらちらと構え始めた。
「惠嗣、そろそろ始まるから見とけよ。
お前も近いうちにこの中に入らなきゃいけないんだから。」
「…………わかってるけども…。」
惠嗣の心は、先程よりも期待の方が大きくなっているのも事実だが、
それでも不安は依然大きく残っていた。
「…風の加護を」
智景と何やらアイコンタクトを取り千乃が杖を構え何かをボソっと唱える。
次の瞬間、パァッと緑の光が杖の先端から放たれたと同時に、智景が惠嗣の視界から消える。
気が付くと一瞬で茶色い集団の中を貫くように、
一本の道が開けていた。
――はっ!?
状況を理解できずに
ポカーンとする惠嗣に輝光が
「あれはなー、千乃が風の精霊魔法を智景に使ったんだよ。
元々、千聖は格闘専門で最強だからな…
あのスピードつけるのは反則に近いわ。
でもあれだけじゃないんだぞー。
まぁ黙って見てればわかると思うけど。」
そう横でスポーツ中継よろしく解説を入れている。
だが、惠嗣はその声も耳に届かないぐらい、その一撃に見とれていた―。
「さて、私もやるかな!!
ちっぴー、テルとキムさんに一応アレよろしくっ」
「あ、うん、わかったよー。
……神聖なる光の守護を」
智景に負けないぞと言わんばかりに、唐突にやる気を出した茜子に何かを頼まれた千乃がそう唱えると、
惠嗣と輝光の周囲にふわふわと光の幕のような物が現れた。
「え、これなに?」
思わず惠嗣はあたふたする。
「んー…シールドみたいなもんだよー。
そこそこ大丈夫だと思うから安心して。」
「あぁ、ありがとう…」
惠嗣は戸惑いながらも、
少し引き釣った顔で千乃に礼を言う。
それを見て茜子が
「よしよし安心だあ!
今まで巻き込んだ事無いけどそれは一応ね!
まぁ大丈夫だから安心して見てくれていいよっ!」
そんな物騒な事を言う。
「ん…、わかった…。」
―下手すると巻き込むようなヤバい事をするんだろうか…
惠嗣は不安にも思ったが、使う本人が大丈夫と言うのなら大丈夫だろうと、
ビビる自分を落ち着かせる。
「じゃあ行きます!
点火!!!」
茜子が手で不思議な印を組みそう唱えると、
今まで見た事もないような大きさの紅黒い炎が茶色い異形を焼き払う。
それは一瞬。
炎が消えるとその跡にはなにも残っていなかった。
「おわ…すげぇ…すげぇ…」
次々とドッカンドッカン派手に打ち出される炎。
惠嗣はもうそれはそれは目をキラキラさせながら、
いきなり打ち上がった花火でも見たかのようにその光景に釘付けになる。
「キムさん、子供みたいだねー」
光の幕の外では千乃と由絵がそんな惠嗣を見てくすくすと笑っている。
少し恥ずかしい。
「じゃあよっちもそろそろ行ってきたら?」
「えっいや…十分あの2人だけで片付くかと…、」
「んー…わたしも見たいから!!ちょっとだけお願い」
「えー、じゃあ…少しだけ…行ってきます、」
千乃と由絵はこんな場所でも仲良しそうな空気を繰り広げていたが、
なんやかんやで由絵は両手に拳銃を構え、数歩前に出る。
「弾速マシマシでおねがいします、」
「はーい。
…風の加護を。マシマシだって。」
千洋の詠唱と同時に、由絵は二丁の拳銃から銃弾を放つと、
由絵のセミロングの黒髪がオールバックよろしく後ろにえらい勢いでなびく。
その弾はただの拳銃から放たれたとは思えないほどの、
爆風のような衝撃波と音を伴い、命中した者のみならず、周囲にいる者をも蹴散らしていく。
もうこの時点で既に、相手は約半数までになっていた。
「こりゃ思ったより、なかなか余裕かな…。」
輝光が呟く。
「…なーテル、いつもこんな感じなんか?」
輝光の一人言を聞いて惠嗣がこう問いかけると、
輝光は少し複雑そうな顔をした。
「いや…ここまで異常な数なのは初めてだからなんか引っ掛かるけどなぁ…。
戦闘自体はいつも通りの良いコンビネーションだし、
むしろいつもより順調なぐらいだから大丈夫かなと思うけどさ…。」
「ふぅん…でも本当にすげぇな~…
映画とかみたいだねえ」
「まぁなぁ…いや、でもこんな魔法とかもう普通に受け入れてきてる惠嗣もすごいと俺は思うね。
さっきまであんなに情けなかったからもっとビビるかと思ってたよ。」
「え、そお?
あー…何もそこらへん考えないで普通に感動しちゃった…。
でもビビってないわけじゃないけどさあ」
―惠嗣と輝光がそんな会話をしている間にも、
少し離れた所では、3人の攻撃から出る爆風と異形の残骸が飛び交っている。
気がつくと、異形はもう数えられるぐらいの数しかいなくなっていた。
その残りも3人がそれぞれ殲滅し、
辺り一面には茶色い異形の残骸のみがバラバラになっていて
茶色の絨毯のようにびっしりと広がっていた。
―異形の姿が全て無くなって少ししてから、
最前線に出ていた3人談笑しながら戻ってきた。
それに輝光が労いの言葉をかける。
「お疲れさん。もう残ってない?」
「いやーほんと疲れたわww
数多すぎだし。
とりあえず大丈夫っぽいから早く帰りたいww」
「もう大丈夫だと思うよっ!
疲れたから早く帰ってアイス食べたい!!」
智景も茜子も、
疲れたと言う割にはけろっとしているご様子ではある。
「テル早くかえろー疲れたー。
詳しい話は生徒会室ですればいいじゃんかww」
「しゃーないな…
じゃあとりあえず戻ってから話すか…。
惠嗣の話も途中だったし。」
「そうね。
なんか、何もしてないのに刺激強くて俺もちょっと疲れたよ。」
あれだけの戦闘も拍子抜けするぐらいあっさりと終わりを告げ、
ひとまず、1つ目の波乱は乗りきり、すっかり落ち着いたように思えた…。
でも、そもそも今日は何のために生徒会室に呼ばれたのか。
そんな事はもはや記憶の彼方。
少年の長い長い、
色んな意味での波乱の1日は、
まだ、ようやく半分を過ぎた所。
ディザイア もげら @mogera
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