現象を難しく考えてしまうのは君の悪いクセだ

「現象を難しく考えてしまうのは君の悪いクセだ」

 開口一番、ドクトル・ロドミーの口から飛び出したのはそれだった。は、はぁ。

 矢継ぎ早に問が来る。

「炭素を簡単に作りだす方法は?」

「えっと、木を空気に触れさせないようにして燃焼させる、でしょうか」

「そうだな。では木の根に、発火しない程度の強い電流を流したら?」

「!! 炭化します!」

「そういうことだ。サンプルをよく見ると炭化のむらというか、菌類が育ったときのようなリヒテンベルク図形が見られる。これはおそらく電流が流れた際に電気トリーによって先に炭化した箇所、後で炭化した箇所の差でできたものだろう。黒いという理由だけで、不吉がる必要はないし、大きいというだけで特別扱いする必要はない」

 なるほど。言われてみれば、世界なのだから、植物的な性質を有していたと考えるのが妥当だ。大規模だということで半ば思考放棄してしまっていたけれど、成分を調べた結果が炭素ならば、「植物が炭化した」と考えられる。

 ちなみにリヒテンベルク図形とは、木材等に電気を流したときに、電気が通りやすいところから炭化していくことでできる模様のことだ。これを三次元的に捉えたものを、電気トリーという。

「コアに繋がっていることから考えて、コアから何らかのかたちで行われたと考えるべきだな」

「行われた? 人為的なものだと?」

「世界樹の種が内部で嵐を起こし、自らの落雷で炭化したとでも?」

「それは……考えにくいです。落雷なら燃えますし」

 ノーム達の世界ザードをひとつの生物と見立てたときに、それが自身を傷つけるような構造になっているとは考えにくい。

「だな。ノーム達がやったという線もないわけではないが、可能性は低そうだ。となれば?」

「外部から何者かが侵入して行った?」

「と考えるのが妥当だろう。何か心当たりは?」

「あ! 村のノーム達が僕を見て『黒サンタ』だと言っていました!」

「黒サンタ? 人さらいの伝承の?」

「そのようです。僕の姿を見て、さらわれるのではないかと思ったようで」

 今もそのときの恰好をしている。

「んー。つまり、人間程の背丈のヒューマノイドで、黒づくめの恰好の者が以前村に来て人さらいをしたことがあったと」

「詳しくは聞けてませんが、恐らくは」

「その黒づくめはどうやってノームの世界ザードの位置を特定し、転移したのだろう?」

「さぁ? でも、そんなことができるのも、やろうとするのも、魔術師くらいしか思い当たりませんよ」

「なら、その可能性が高いということだろうな」

「なるほど。でも、何のためにそんなことを?」

「今の情報では、そこまではわからん。となれば次の調査は侵入者の痕跡探しだな。『誰が』『何のために』までわかれば尚よし。ノームをさらっていったという話からすると、ロクな目的ではないだろうがな」

 コアから電流が流れたとすれば、やはりそこを調査するのが妥当だろう。

 ただ、こと痕跡探しとなると、一人で探すよりも複数人であたった方が見つけやすい。前回の、ただ現地に行って話を聞いてくるのとは若干状況が異なる。

 もしコアがノーム達が立ち入れる場所であれば根の調査同様、既に調査されているはずだけれど、コア云々に関しては、根がコアに繋がっている以上の情報を貰っていない。本来、根がコアに繋がっているとわかっているのなら、コアの調査をするというのが順当だし、調査をするなら何かしらの情報はくれているはずだ。

「ドクトルも行きます? ワッホーありますし」

 今は空間が安定しているようだし、行くことに支障はないはずだ。

「む。ワッホーか。あれは素晴らしいな。だが、ノーム達の世界ザードに行くのはトンガリさんに止められているのでな」

「止められている?」

 何故?

「うむ。理由はどうしても話してもらえなかった。それもあって、海賊くんに調査に行ってもらったというわけだ」

 んー。何故ルーフェス翁トンガリさんは仲良くしているはずのドクトル・ロドミーの来訪を拒むのだろう。不可解だ。

「もしかして、僕も本当は行っちゃいけなかったとか?」

ノームの世界あちらに何も起こっていなければそうなのかもな」

 でも、行ってもあまり邪険にされないというか、歓待を受けた気がする。あー、救世主とか言われてたなそういえば。

 この辺、ルーフェス翁が皆を連れてこちらに来るのを渋っていたことと、何か関係があるのかもしれない。

「だが使い魔ファミリアーを寄越すなとは言われてないからな」

「俺!?」

 丸くなって寝ていた黒猫トムが、急に話を振られ跳び起きた。

「インフュリーと遭遇するとき、気配がわかっていたな。ならば、海賊くんに因縁のある悪魔の気配もわかるはずだ」

 たしかに!

「なんで俺がこいつのおりしなくちゃならないんだよ」

 ほほーん。猫くん、そんなこと言っていいのかなぁ?

「クラクストン、この猫は不慮の事故で一度死んだところを、アザレアの接吻で復活して、言葉が話せる知恵まで授かった猫でな。予言には、こいつがセイントということで……」

「あーもうわかった! 行けばいいんだろ行けば! そんな屈辱的な伝承がくっついてみろ! 地獄の恥晒しだ!」

「これがホントのか」

「うるせぇ!!」

「海賊くんとトムは仲がいいな。ちょっと羨ましい」

『んなわけない!』

 あ、やべ、声が揃った。

 不本意ながら、獣且つ魔物でもあるトムが同行すれば、わかることも増えるだろう。不本意だけど。

「むむむ、悪魔を改心させた話を広めるのはアリだな。しかもそれが使徒セイントの助けとなったとすれば……これはいける!」

 僕の不用意な一言から、クラクストンの妄想が止まらない。

「オマエが余計なこと言ったからだぞ」

 というトムの言葉にも。

「うん、ちょっと反省してる」

 素直に肯定せざるを得ない。

 とはいえ、せっかく得た使徒セイントの権利を行使しない手はない。

「クラクストンさん、また行った先で悪夢に襲われるかもしれないので、何かないですか? お守りの護符タリスマンとか」

「それなのですよ! 研究室の資金のことも考えて、いくつか試作したものの、アザレア様が全部却下してしまいましてな……」

 あー、ヴュッシング研はお守りの護符タリスマン販売での資金調達を考えていたのか。なるほどなぁ。

「だってかわいくないんだもん!!」

 かわいくないってあなた……。

「しかし、ご安心めされ! このクラクストン、きちんと代案を考えております故」

 そう言ったクラクストン、羊皮紙とペンをアザレアに渡し、何やら書かせ始めた。

「へっ、三流魔術師、おめーもキス魔とその下僕に頼るようになっちゃオシマイだな」

「こらこら、そこわざと機嫌を損ねそうなことを言わない」

 腕に巻いた髪の毛が、実際に防護の役に立ったのか、ただ光っただけなのかは、正直検証しきれていない。

 ただ、対象の魔力を使用できる僕であれば、何らかの力を髪から引き出せた、と考えることもできる。

 お守りの護符タリスマンのようなきちんとしたものであれば、もう少し偶然性に頼らない効能が期待できるのではと思う。

「できた!」

 ⑧⑪⑤⑩

 ⑬②⑯③

 ⑫⑦⑨⑥

 ①⑭④⑮

 渡されたのは数字の羅列? いや、授業で習った記憶がある。

「魔法陣ですよね」

「ただの魔法陣ではない。汎魔法陣だな」

 横から見ていたドクトル・ロドミーがそう補足してくれた。

「ご名答! 知恵を守護する我らが女神の筆跡ならば、霊験あらたかであろうというもの!」

 汎魔法陣、あるいは完全方陣とは、縦横斜め全ての和が同じになる数字の羅列だ。

 数秘術ニューメロジーというものの一種で、数字の神秘性で魔力を増すという魔術だ。

 何が神秘かというと、縦横斜め、そして途中の斜め同士を足した数も、全てが34になる。それに加え、対角の斜めというか、5+3+12+14、11+13+6+4、そこから一つずらした11+16+6+1、10+13+7+4、5+2+12+15、8+3+9+14も全てが34になる。

 必然的に人間はそこに意味を見出そうとする。何か特別な数列なのではないかと。

 その思い込みこそが、この汎魔法陣の力の源泉となる。そのあたりは、信仰で力を得る神々とさして変わらない。よって、仮に「知恵の女神」みたいな存在が直筆したとすれば、パワーの親和性という意味でも良いもの、ということになる。

 それはともかく。

「えっ、知恵の女神だったの?」

 思わず口をついて出た。

「ププッ」

 トムも思わず噴き出した。気持ちはわかる。

「何? 不満?」

 そう言うアザレアの方が不満顔なのだけれど。

 そうか。知り得た災害も、災害そのものをどうにかする能力がないため、予言で災害の対策方法を伝えるというかたちになった結果、「知恵の女神」ということにしたのか……。対策方法までアザレアが知りえるとは思えないわけで、その属性ってほぼクラクストンと、彼が所属するビュッシング研のおかげなのでは……。

 おそらくこの汎魔法陣も、クラクストンの知識からだろう。

 マネージャー、大変だなと、自分も使徒セイントにされてしまったことを棚にひょいっと上げて思う。

「いえ、なんというかその、せっかく生身でこの世界に顕現してるから、何かそれを活かした属性なのかなと、勝手に思い込んでました」

 かといって、では何の女神かと聞かれると苦しいのだけれど。

 ちなみに、大体の場合、人間が神格にまで上り詰める際には、どうしても器であるところの「人間である」ということが足枷になるため、より高位な存在に変異することが多い。そうなってくると「この世界シェーナ」のクリーチャーとして生きていくということが、難しくなったりする。

「それってそれって、あたしの美貌とか?」

「神族の美貌とかふつ……うぎゃっ」

「あ、ああ。まぁ」

 とりあえずトムが余計なことを言わないように尻尾を踏みつつ、曖昧に濁すことにした。

「ほら、やっぱりあたしの言った通りじゃない?」

 何かを勘違いして、アザレアはクラクストンをそうたしなめた。

 クラクストンは完全に「余計なことを」みたいな目でこちらを見ている。

 ビュッシング研としては、魔術ノウハウで切り抜けられるであろう「知恵の女神」という属性である方が都合がいいのだろう。事情はなんとなく察した。

「複数の属性を所持してもよかろう。魔術師かつ音楽家、といった輩もアリ塚ここにはおる」

「音楽! それよ!!」

 あ、ヤバい。ドクトル・ロドミーの放った不用意な一言が、何かよからぬ思い付きに発展しそうな予感がする。

「そ、そういうことは準備もあります故、我らが研究室に戻ってから相談させていただきたく」

 苦虫を噛みつぶしたようなクラクストン。ドクトルを睨む目がマジだ。

 一方、ドクトル・ロドミーはまるで悪びれるそぶりもない。

 そしてアザレアは一旦落ち着いたというか、独り言で「衣装も用意してー」などとつぶやいており、すっかり妄想モードに入った様子。

 ここは早々に退散するが得策か。

「あ、汎魔法陣、ありがとう。それじゃ、行ってきます」

 汎魔法陣が描かれた羊皮紙を丁寧に折りたたみ、しれっと丸くなって寝たふりをしているトムの首根っこをむんずと掴み、再びリングの中へと潜っていった。

「おい待て、わかった、自分で歩くから」

 というバカネコの声は完全に無視して。

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虚ろな瞳にうつるもの 夏目 環 @natsume_tamaki

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