気付けばセイント

あうほおなるほどほええいっはんはえっへひはほそれでいったんかえってきたと

「食べるか喋るかどっちかにしてもらっていいですか?」

「美味いなこれ。おかわり」

「今ので最後です」

「えー」

 バルボラさんに大量に焼いてもらった「ワッホー」は、ドクトル・ロドミー、エリザベート姉妹、そしてエリザベート研の皆さんによって一瞬にしてなくなった。僕も一つくらい食べたかったんだけどなぁ。

「あと、口元にレッドビーンズジャムついてますよ」

「ん。とってくれ」

 いや、あの。お姉さんの前でそれやらせます?

 この状況、どうしたものかと戸惑っているうちに、ドクトル・エリザベートがハンカチでゴシゴシとドクトル・ロドミーの口を拭った。

「すまんな」

 いや、ドクトル・エリザベート、僕何もしてないので睨むのとかやめてもらっていいですか。

 そういえば、戻って来たことに関しても、再度向かうことに関しても、ドクトル・エリザベートは何も言わなかった。妹の研究室の危機ということで、理解してくれているということだろうか。

 とりあえず、これまでの状況は、昨日書いたメモと共にドクトル・ロドミーに伝えた。食べるのに夢中で、どこまで理解してくれているかわからないけど。フォトン結晶や例の根の破片も渡したので、これから解析に入ってくれると思う。このエリザベート研にも、もちろん解析のための器材はある。

「そういえば、人増えてません?」

 リングでザードへ移動する前には見かけなかった顔がある。

「ああ。ついさっきポータルが使えるようになったら涌いて出てきた」

 「涌いて出てきた」とはまた、ドクトル・ロドミーらしい言い方だ。

 その新顔の彼は、多分僕と同じような研究員だ。白衣にメガネでちょっと背が高い。今はアザレアと何やら言い合いをしている。知り合いなのだろう。女神に知り合いっていうのも何か変な感じがするけど。

「あたしだって帰りたかったけど、帰れなかったんだもん!」

「わかっておられますかアザレア様。今が一番大事な時期なのですぞ? 迂闊な行動で大きな宗教団体に目をつけられ悪魔認定された日には、その宗派の信徒全員があなたを悪魔と認識してしまう。そうなってからでは遅いのです!!」

 このエリザベート研の研究員ではなさそう。会話の内容的にも、雰囲気的にも。何故かひとつひとつの動きが大げさに見える。

「わかってる! そうなる前に神格を上げるべく、彼に神託しんたくを与えたんじゃない。ねー、ルマリエ」

「へ?」

 急に話を振られた。

 背の高い彼がつかつかと僕に歩み寄り、文字通り目前まで来た。

「ルマリエ氏。帰還して早々申し訳ないが、詳しく話を聞かせてもらえないだろうか」

「話をするのは構いませんが、ちょっと近過ぎませんか? それと、どちらさま?」

 見下ろす目が怖い。

「これは失礼。私はビュッシング研で彼女のマネージャーをしているクラクストン。以後お見知りおきを。で、詳しい話を」

「だから近いですって。マネージャー?」

「左様。我がビュッシング研は神という存在の神秘について、学術的見地から研究を重ねているのは当然ご存知かと思う。アザレア様はそのビュッシング研の集大成ともいえる、我々の手で生み出した人工的な神なのです!!」

「はぁ」

 「人工的な神」というのも少々変な言葉だ。信仰や伝承に依拠いきょする多くの神々は、広い意味では人工的な存在と言えよう。

 というようなことをここで口にしようものなら、それは研究者の思うつぼである。喜々とした眼差しで「いい質問ですね!」などとのたまいながら普段話したいけれど誰にも聞いてもらえない蘊蓄うんちくの数々をまくし立ててくることだろう。故のな「はぁ」返しである。

「しかし、現状はまだ半神デミゴッドと呼ぶのも覚束おぼつかない時期。そこで、アザレア様のお目付け役、マネージメントを、このクラクストンが担当していると、そういうわけなのであります。故に! どんな些細なことでも! このワタクシに話していただきたい!」

「ま、まぁ。そういうことなら」

 圧が凄いので早く逃れたい。ただまぁ、自分の研究のことになると、そうなってしまうのは、わからなくもない。

 これまでのことをかいつまんで説明した。襲われていたところを助けたという話をしていると、どこからともなくトムがニヤニヤしながら現れる。

「キズにチューされたくらいで浮かれてるんじゃねえよ凡骨ぽんこつ

「だからその話はもういいだろ」

「!!」

 え、なんで「ハッ」て息を呑んだの? 眼も怖いんですけど。

「……セイントだ」

「はい?」

「ルマリエ殿、あなたはアザレア様の使徒セイントになったのです!!」

 また勝手なことを言い出す。

 アザレアの方を見ると、あからさまに視線を反らし口を尖らせてシュルシュルいっている。まさか口笛のつもりか。そして、知っててやったな。

「おい、ほこらを立てればそれだけでいいって話はどこ行った」

 当然の主張をする。

「テヘペロ」

 誤魔化すつもりなのだろう。ろくでもない。

 とはいえ、使徒セイントになることに全くメリットがないわけでもない。前にアザレアが言っていたように、神とその力を授かった存在とは利害が一致する。神は「奇跡」というかたちで支援を行い、支援の結果伝承に残るようなことが為されたり、信者が増えることによって力を増す。

 人間もまた、伝承に謳われることによって大きな力を使うことが可能となる。例えば騎士が吟遊詩人を連れ歩くのは、自身を強く見せる物語を吟遊詩人に語らせるためだし、僕の恩師マスター・マルーネイが大きな力を行使できるのも、自身の研鑽けんさんの賜物というのは勿論だけれど、様々な業績からその名が世に轟くことによる部分も大きい。

 使徒セイントであるということが公になることによって、その名が広まりやすくなるということはあり得る。

 ただ、この宗派が世間的に「邪教」の烙印が押されるようなことになれば、もちろん僕にも被害が及ぶことになるだろう。う、うーん。

「これを見ていただきたい」

「えーと、なになに。『地の底深きより這い出し、古き悪夢が落とす深淵の如き深く暗き影。その闇は人々の不和を煽り立て、やがて大いなる破滅をもたらさん。されど我がそこに、一条の光を差し伸べん。使徒セイントは祝福の接吻にて目覚め、闇を切り開く剣とならん』……これ、誰の妄想ですか? ちょっと読んでる僕が恥ずかしくなってくるレベルなんですけど」

 思わせぶりな表現だけれど、要は「悪魔が出て悪さしそうだけど、神様が使いを出してやっつけるよ」程度の内容でしかない。

 さんざん神やら悪魔やらに干渉されているっぽい僕が言うのもなんだけれど、本来神も悪魔も、そうそう人間に干渉してくる存在では決してない。例えるなら、王様と平民みたいなものだろう。稀に見かけこそすれ、当人が直接自分に干渉してくるということは想像もできない。そんな感覚だ。

 干渉してくる場合の多くは、『別の人間』が意図をした場合だ。例えばアザレアに関しては、ビュッシング研の思惑があって、その思惑に適合する人間が僕だった、ということになる。アウナスに関しては全く想像もつかないけれど。

「し、失敬な! これでも、原文に比べれば大分マシになのですぞ!」

「原文?」

 クラクストンの話は言い訳がましく回りくどいので、まとめることにする。

 まず、あの恥ずかしい文言は、アザレアの信者(っていう奇特な存在がいるらしい)に配布した予言なんだそうな。新興宗教ではよくある、いたずらに危機をあおり、それを解決したように見せるという手法ではないかと問い詰めたところ、「認識の相違だ」と言いながら遠回しに肯定していた。

 さっき本人が言っていた通り、ビュッシング研の研究テーマは「神」。アザレアは、ビュッシング研が作り出した人工的な神格なのだそうな。

 ゼロから神を作るのは難しいため、彼らが考えたのが、既存の神格のアスペクトとして顕現けんげんさせるというもの。

 幸か不幸か、この“アリ塚”は、そういったことにおあつらえ向きなマテリアルが、探せばどこからか出てくるようなところだ。歴代の高位魔術師マスターともなれば、天国ヘブン地獄ヘル奈落アビスに一度や二度の訪問はしている。彼らが持ち帰ったもののなかには、特定の宗派がそれを持っていたら聖遺物せいいぶつとしてまつるくらいのものもある。そういったものをどこからか頂戴して、人工生命体ホムンクルスの核として使用したのだろう。

 ちなみに人工生命体ホムンクルス制作は所謂いわゆる禁術なのだけれども、バレなきゃいいという感覚の魔術師は多い。クラクストンも「ホムンクルス」という言葉こそ発していなかったものの、そこは十分察せられる内容だった。

 アザレアが手にしている権能は、自身と同じアスペクトのうち、高位のアスペクトの知識を盗み見て、それを予言として伝えることらしい。その際のゲートとしていたのが鏡で、今はその高位のアスペクトに、盗み見るための入口を塞がれたようなものなのだそうな。だから鏡に入ろうとしても入れない。

 高位のアスペクトにしてみれば、疎遠の孫が堂々と自分の家に入り込んで、会話している内容を盗み聞きしたり、日記を盗み見ているような状態らしく。そりゃ家に鍵くらいかけたくなるだろうというもの。

「大本が同じなら、それを活用できる存在が活用した方が、お互いの利になるってものじゃない? あたしだって、教えてくれって言われたらなんでも教えるし?」

とはアザレアの弁。教えてくれって言われることはないと思うなぁ。見咎みとがめられて罰を受けなかっただけよかったのでは。いや、鏡ゲートの権能剥奪という罰を受けたと考えるべきか。

 盗み見た内容をアザレアが口伝したのが、いわゆる「原文」で、「なんか、村が危ないみたい」とか、予言として伝えるには微妙な言葉を、クラクストンが丁寧にヒアリングし、自らの趣味もふんだんに入れ込みつつ再構成したのが、あの「予言」なんだとか。

 あのひたすら胡散臭うさんくさい「予言」の成就じょうじゅをもって一気に神格をランクアップしたいアザレアとクラクストンはさすがに必死なようで、僕から問われるがままに答えていった。若干、自分のこれまでの成果を誇示する感もあるけれど。まあ、やっていることといえば、近日中に発生する嵐の情報を盗み見て予言として村に対策を促すとか、悪いことではないんだけれど。それで信者を獲得ってのもなぁ。

「アザレアの使徒セイントたる君にはっ、是非知っておいて欲しいんだっ!」

「やかましい」

 ただでさえ、研究室の危機というこの状況で、あまり要素を盛り沢山にしないで欲しい。気持ちが追い付かない。

 とはいえ、アザレアの予言やら神託やら(というか、アザレアと同位体の高位アスペクト)を信用するのならば、これらは別々の話ではなく、一つの事件に付随する何かでしかない。

 冷静に考えれば、ノームの世界ザードで見た悪夢に対抗したり(予言の悪夢ってのはあれのことか?)情報を得るためにも、協力を得るに越したことはない。悔しいけれど、今僕がどうこうできる魔術に、これから降りかかるであろう、ちょっと厳しめの火の粉に対する明確な予防や対抗の手段はあまりない。マスター・マルーネイだったら、そんなものの手を借りずとも、自力で解決できてしまうのだろうけれど。

「契約書にもサインしましたし、結局この一件を解決しなければならないことは変わりないので、利害が一致する範囲で協力はしますよ。なので、ビュッシング研からもできる限りの支援をお願いしたい」

「ありがとう! もちろん、いろいろと支援させてもらうよ!」

 クラクストンに手を握られ、ブンブンとシェイクされた。

「いやぁ、アザレア様の髪で編まれたブレスレットが、君を悪夢から守った話で次の予言を書くのが楽しみだよ!」

「そういうのはいいから!」

 完全に面白がっているな。っていうか、単なる髪一本が、ブレスレットに編まれたと脚色されている! なるほど、こういうやり口なのか。

「いやいや、いいかい? 信者を一人でも多く獲得できれば、君に提供できるパゥワーもいや増すというものだようんうん。なのでこれは、君のためでもある!!」

 あー。まー。ものは言い様というか。

 そんなやり取りをしている間に、解析にあたっているドクトル・ロドミーの方で、何かわかったらしい。ちょいちょいと手招きしている。

 胡散臭い新興宗教の使徒セイントに担ぎ上げられたとしても、状況として特に何が変わるというわけでもなく。一歩一歩調査を進めていくしかない。はぁ。

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