行くか戻るか
鉱石を詰めたバックパックを肩に食い込ませ、モルメ村に戻ってきたときには、もう夕方を通り越して宵の口だった。
「すまんのぉ、わしらの採掘仕事まで手伝わせて」
「いえ、僕の調査も手伝ってもらいましたし、おあいこですよ」
「あのビリッとくるやつじゃな」
手をつないで刺激が走ったときのビクッとした仕草を真似している。
思わず苦笑い。
「皆も今日はよく働いてくれた。明日も頼むぞ」
ルーフェス翁のその言葉に皆が「おう!」と応えて解散となった。鉱夫たちは三々五々、村の家々に散っていく。
ひとしきり各々の背中を見送ってから、おもむろに「あの」とルーフェス翁に切り出す。
「なんじゃ?」
「もちろん僕は
「そうじゃな」
「例えば一度、
「考えておこう」
あまり乗り気ではなさそうだ。
絶対が保証されない以上、打てる事前の策は打っておくに越したことはない。
安易かもしれないけれど、旅行という
ただ、それならばこれまでだって来てもよかったわけで、ルーフェス翁以外の村民が
そんなことを考えているうちにルーフェス邸の近くへ来た。出迎えてくれているのか人影が見える。
「おかえりなさーい! ねぇ! 聞けた? 聞けた?」
「まぁまぁ、お嬢様ったら」
ルーフェス翁の胸に飛び込んできたリルルと、ドアの前で
「ふぉっふぉっふぉ、ただいまリルル。また歌が上手くなったようじゃな」
「えへへー」
「ホントに綺麗な歌声だった。聞けたのが途中からだったから、今度は是非最初から聞かせて欲しいな」
テレカップもそうだけれど、ラジオからの音だと直接耳にする音と比べ、どうしても音が劣化してしまう。ノームの起源にまつわる歌と聞けばなおさら、興味がわいてくるというもの。
リルルはちょっとモジモジしたかと思うと、家の中に入って行ってしまった。
「あれ?」
「照れていらっしゃるんですよ。お嬢様もお年頃ですから」
「はぁ」
そういうものなんだろうか。
バルボラさんは妙に楽しそうだし、ルーフェス翁はやれやれといった様子だった。
家に入ると既に夕食の準備は整っており、すぐに夕食が振る舞われる。
今日の夕食はグラタンだった。
牧畜をしている雰囲気はなかったけれど、放し飼いのようなかたちなのかもしれない。動物とは仲がよさそうだったし、グラタンに必要な乳くらいは牛から分けてもらえそうだ。
動物と友好関係にある様子からすれば想像できる通り彼らは菜食主義のようで(無精卵は使用するみたいだけど)、これまで肉は食卓に並んでいない。グラタンには肉ではなくチーズとキノコで旨味をつけている。チーズは数種類使っているようで、複雑な味を奏でていた。ペンネのもっちりした歯ごたえも良い。
「毎日でも食べたい」
と思わず口をついて出てくるくらい美味い。
さて、すっかり満足したところで、食後のお茶をすすりながら、これまでのことを一旦メモに書きだし、考えを整理しようと思う。
・
・
・種から発芽する根の部分が、何らかの原因で正常ではない状態になっているように見える。ただし、どういった状態が正常な状態なのかはノーム達もわからず、印象論、直感的なもの。
・黒くなっている根に触れてみても、即何かが起こるというわけではなかった。黒く大きな根の様子はフォトン結晶に収め、根の一部を削り取ったものも瓶に詰めて持っている。成分は石炭に近いものである可能性が高い。
・根の源は、
そして、これはどこまでがどう関わってくるのかわからないけれども。
・僕が何らかの陰謀に巻き込まれていると
こんなところだろうか。
知りえた情報は、極力客観的に整理しなければならない。「観測結果がこうあって欲しい」「こうなるはずだ」といった、思い込みや感情による観測者バイアスの問題は、研究者をいつも悩ませる。
メモに書き留めた情報を眺めているだけでははじまらない。
今決めなければならないのは、このままコアに向かい僕とノーム達だけで解決に当たるか、それとも戻って判断を仰ぐかということだ。
危機が今日明日に差し迫っている兆候が見つからないこと、本当に「根」が異常なのかを調査する必要があること、アザレアの髪が光を発したことの三点から考えると、一旦戻る方が良さそうだ。
まぁ、「リングを使うのはタダじゃない」とか、「一人で解決できない無能」だとか、ドクトル・エリザベートにいろいろ言われそうではあるけれど、何せ研究室、ひいては僕の未来がかかっている。万全を期したい。
「おかわりはいかがですか?」
というバルボラさんの声で我に返る。
「もうお腹いっぱいです。本当にどれもこれも美味しくて。ありがとうございます」
これが毎日出てくる環境って羨ましいなぁ。
「ここん家の子になりたい」
「あらあらまあまあ!」
おっと、ついまた心の声が口をついて出てしまった。
「ふぉっふぉっふぉっ。まだ調査をするのじゃろう? その間は是非我が家で過ごしておくれ」
ルーフェス翁もそう言ってくれたのだけれども。
「それなんですけれど、万全を期すために、一度フォトン結晶を持ち帰って、ドクトル達の判断を仰ごうと思います。コアにもし何かあるとして、何もわからない僕が行くことで事態を悪化させる可能性もありますし」
「ええっ! 帰っちゃうの!?」
と言ってくれたのはリルルだった。
「一時的にね。またすぐ戻ってくるよ」
「じゃあ、約束!」
ん? 何故か小指を差し出してくる。
「
意味も解らず、同じように小指を差し出すと、リルルの小指が絡んできて、二度程シェイクされた。
「はい。これでもう約束だからね!」
ノーム達の習慣なのだろう。約束のときに指を絡めるとは、なかなか面白い。
「うん。約束」
戻って来ることを喜んでくれるなんて、家族以外であっただろうか。まあドクトル・ロドミーは多分。多少は。……そう思いたい。
「あの、一つお願いが」
「なんじゃ?」
「戻ったらみんなに食べさせたいので、ワッホー、包んでくれませんか?」
「まぁまぁ! お安い御用ですわ」
そんなこんなで一時帰還前の夜は更けていくのであった。
そういえば、ラジオについての詳しい話を聞きそびれたな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます