歌う鉱石ラジオ

 禍々しい様相の芽の、触れられるくらい近くまで来た。

 って、本当に触ってるし。

「大丈夫なんですか?」

「ああ、成分は石炭と変わらんからなぁ」

 よく見ると、ツルハシを入れたような跡があった。

「削って調べたんですね」

「そりゃおまえさん、この世界の危機じゃからのぉ。ワシらでやれることは、ワシらでやっておかねばの」

 それは確かに。というか、それだけの覚悟をもってやっているということでもあるのかな。ただの好奇心かと思っていた自分が恥ずかしい。

 恐る恐る手を伸ばす。いやほら、みんな平気でも、僕だけ反応するとかありそうじゃないですか。

「へっ、こんなもんにビビッてて救世主とは笑わせてくれるぜ」

 少しムッとしたけれど、ティポップくんの言にも一理ある。覚悟を決めて、という程のことでもないけれど、触れて感触を確かめる。うん、石のような感触でひんやり。

 ちなみに石炭は本来、植物が地中に埋もれて、長い年月をかけて生成されるものらしい。

「芽というのは、元々石炭だったんですか?」

「さてのぉ。こうなるまで、削って調べようとは思わなんでなぁ」

 なるほど。伝承にあるくらいのものだ。例えば記念樹みたいなものが植わってるとして、それを削って調べようという発想にはなかなかならなさそうだ。

「一応サンプルとして、削ったものをもらっていいですか?」

 許可をもらい、削り取ったものを入れる瓶がないかとバックパックの中を探していると、入れた覚えのない木箱があることに気付いた。

「こんなの持ってきたっけ?」

「どうしたんじゃ?」

「これ、なんですけど」

 そう言って取り出した木箱には、鉱石の入ったガラス瓶と二本の線、そして目盛りのような線が刻まれた丸いものがついている。

「おお、鉱石ラジオじゃな」

「鉱石ラジオ?」

「遠くの音が聞こえてくる箱、といえばいいかのぉ」

「テレカップ、みたいなものですか?」

 テレカップとは、ドクトル・ロドミーが姉のドクトル・エリザベートと連絡する際に使っていたアレのこと。カップに向かって声を発すると、音の僅かな空気振動を底の膜が捉え、膜にくっついている磁石の棒がコイルを前後することで、電磁誘導が発生。電磁誘導で発生した電気の波を、離れたところで逆のプロセス、つまり電気が流れてきたことによってコイルの中にある磁石が振動することで、磁石にくっついた膜が振動し音を成すという仕組みになっている。

「音を電気に変換するまでの原理は同じじゃな。音の振動をコイルに伝えて、そのコイルから電気が生じる。テレカップは電線によってその電気を搬送しとるが、ラジオは違うんじゃ。電気を電波に変換して、こう空間に電波を飛ばすことで、電線を使うことなく遠くまで音を運ぶことができるというのがラジオの仕組みなんじゃ。もっとも、この木箱は受信機で、音を聞くことしかできんがの」

 ふむふむとポケットからメモを取り出し記録する。学生時代からのクセみたいなものだ。

「空中に放電しても、消えてしまうだけなのでは?」

「放電するのではなく、搬送波といって、遠くまで届く波に乗せるんじゃよ。例えるなら、何もないところに川を流して、その川に舟を浮かべるようなものかの」

「えっとつまり、目に見えない電気の川を作り出し、空中に流す技術があって、その技術とテレカップの技術を組み合わせているってことですか?」

 ノームの秘術の一端に触れて興奮してきた。

「概ねそういうことかの。まぁ、詳しい話は帰ってからじゃ」

 当然ながら初めて目にするマジックアイテム、鉱石ラジオにも俄然興味が沸いた。帰ったら詳しい話をもっと聞きたい。

「どれ、試してみるかのぉ」

 ルーフェス翁はそう言うと、ラジオを抱えて例の『芽』、つまりあの黒いうねうねに近づいていく。

「試すって、何をでしょう?」

「入れた覚えのないラジオが入っていたのじゃろう? それは、聞かせたい者がこっそり入れたと考えるのが妥当じゃろうて」

「聞かせたい者?」

 誰かがラジオを聞かせたいために、僕のバックパックに忍ばせたってことなのかな?

 考えをめぐらせているうちに、ラジオのセッティングが出来たようだ。箱から伸びた金属の線は例の芽に触れていた。鉱夫達は、箱から伸びたもう一本の線の先端についた小皿的な形状のものを代わる代わる耳にしばらくあてては、しきりに頷いている。

「ほら、ノッポの兄ちゃんも!」

 差し出された小皿を耳にあてる。

「……!!!」

 確かに。微かで雑音交じりではあるけれど、歌声のようなものと弦楽器の音が聞こえる。よく聞いてみると、あれ? 聞いたことある声のような。

「以前、村をあげてここでラジオを聞けるかの実験をしたことがあってのぉ。リルルはこれを聞かせたくて、おぬしのカバンにラジオを入れたんじゃろうなぁ」

 言われてみれば、声の主はリルルだ。

「ピアノンも張り切ってるな」

 なるほど背後に聞こえる弦楽器の音は、ピアノン氏のものということか。

 リルルが歌っている曲こそ、ドクトル・ロドミーの鼻歌の曲だった。なるほど歌がつくとこんな感じになるのか。ただ、歌われている言葉は耳慣れない言葉だ。同じようなフレーズが繰り返されながら、次第に推移していくような印象を受ける。

「これがノーム語、なんですか?」

「おまえさん、ワシらの古い言葉、ヘリックスを聞くのは初めてかのぉ。螺旋を描くように繰り返しながら変化していく言語でな、ワシらの魔術言語でもあったものじゃ。もう普段使いする者もおらんが、歌にだけは残っておる。もっともそれも、妖精王からもらったままの歌詞ではないんじゃがの」

 魔術言語を歌い上げるのは、妖精族のたしなみみたいなものなのだろうか。少し前にも触れた通り、エルフは音階を取り入れた魔術、呪歌まがうたを使うし、ドワーフも特別な武器を鍛造たんぞうする際等、やはり呪歌まがうた詠歌えいかしながらハンマーを振るう。

 ノーム達はその歌に、何を託していたのだろうか。

 そんなことを考えているうちに、歌が終わってしまった。

 しばらくの無音の後。

「みんな、今日も無事に帰ってきてください。それと、ルマリエ、さん? 傷薬、ありがとうございました。私の手みたいに、この世界を治してください。どうかどうか、お願いします」

 あー、恩に着てくれてたんだ。僕が来なければ、転ぶこともなかったと思うんだけどね。

 世界を「治す」か。なるほど。救う、だなんて大それたことを思うから気負うんだな。「治す」なら、僕も少しは役立てるかもしれない。

「何ニヤニヤしてるんだよ」

「あ、いや。リルルさんから、みんな今日も無事に帰ってきてくださいってさ」

「フン」

 ほんの少しだけ嬉しそうな顔をしたティポップくんだったけど、そっぽを向いて行ってしまった。

「調査は以上かの? この先に今わしらが掘っているところがあるでな。ついでにそこを掘ってから帰るつもりじゃ。なに、それほど長く掘り続けるつもりはない。ちょっとばかし待っていてもらえんかの?」

「なら、僕も手伝いますよ」

 というかたちで、一応の調査は終えた。

 ちなみに、お楽しみのランチはほうれん草のキッシュだった。

 キッシュとは、パイ生地かタルト生地で作った器の中に、卵、生クリーム、ひき肉、野菜、グリュリエチーズを入れて焼き上げるもの。

 バルボラさんが作ったものはタルト生地のもので、肉が入っていない代わりにボイルドエッグをタルタルにしたようなものが入っていて、ほうれん草とキノコ、クリームチーズが入っていたと思う。いやぁ、美味い昼食は疲れが吹っ飛ぶなぁ。

 戻りのトロッコに乗る分量は限られているので、程なくして採掘も終了。

 帰りはまた高速のトロッコで滑り降りるのかと思ったけれど、逆に緩やかな登り坂を押して上がるようなかたちとなった。考えてみれば、行きに降りてきたのだから、帰りに登るのは当然の話なのだけれど。

「なんだノッポの兄ちゃん、行きのトロッコがそんなに気に入ったのか?」

「いや! 僕はどっちかっていうと帰り派ですね!! ハハハ」

 ところどころ、平らな休憩区間で休憩しながらトロッコを押して登り、地上に着いたときにはもう太陽コアの光は夕方に差し掛かったような色味を帯びていた。

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