第123話 紅炎vs蒼雷
「……どうすんだよ、これ……」
燃え盛る炎の中で、唯一、炎の侵食を受けていない緑色の光が作りだす結界の中で、天祥は自分を取り戻した。
その結界の中には、瀕死の黒鶯が横たわっている。緑星王が、咄嗟に庇った様で、取り敢えず命は取り留めた様だが、この傷では、すぐに手当てをしなければ死んでしまうだろう。
……あの
緑星王が呟く様に言うのが聞こえた。
「蒼雷?」
……ああ、それは、蒼星王の繰り出す雷光……
その声に導かれる様に、青白い雷光が、燃え盛る炎を貫いて輝いた。雷光に二分された炎の間に、剣を手にした劉朋の姿があった。
その顔が、一瞬、苦痛に歪んだ様に見えた。そして、劉朋はその身に蒼い光を纏う。その蒼い光からは雷光が迸り、次々に炎を絡め取っていく。そして、蒼光が眩いばかりに強まったと思った時にはもう、そこに蒼星王の姿があった。
「お前、いい加減にしろよ?」
開口一番、蒼星王はそう言って赤星王を睨みつけた。だか、その怒気を帯びた瞳など意にも介さず、赤星王が声を上げた。
「蒼星王っ!」
自分の名を呼んだその声が、あからさまに喜色を帯びている事に、蒼星王が思わず眉間に皺を寄せる。
「会いたかった。会いたかったぞっ。ああ、ほんに……今宵は、何と言う夜じゃ」
「いいから……とっとと、その炎を収めぬかっ」
「何を寝惚けた事を言っておる。ここで会ったが、何とやらじゃ。今こそ存分に相手になって貰うぞ」
やる気満々の赤星王に、しかし、蒼星王は冷めた口調で、きっぱりと告げる。
「い、や、だっ、」
「なっ……んじゃと……」
「こんな狭苦しい場所でお前の相手など出来るか。天界へ戻るまでは、断固、お前と真剣勝負などしない」
「天界へ、戻るまで、か」
「そう。天界へ、戻るまで、だ」
蒼星王にそう宣告されて、赤星王は思案顔になる。
「分った。ならば、我が杜陽に天下とやらを取らせれば良いのだな?」
「簡単に言ってくれる。ともかく、その炎を収めろ」
言われて、赤星王はその身に纏う炎をようやく消した。そして、部屋の隅に作られている、緑星王の結界に目を止めて、そちらへ近づく。
「……こやつを殺してしまえば、杜陽が皇帝という事になるのではないのか?」
「そいつは、緑星王の守護する者だぞ。簡単にはいかない。それに、そいつは本当の皇帝ではないらしいから、殺した所で、何の得にもならない」
「ならば、面倒じゃが、その湖水の坊やが言った通りにやってみるのが、確実なのか……」
その視線の先で、緑星王の光が薄れていくのを不審に思い、赤星王がそこで言葉を切った。
その、刹那。
天祥の体が深い緑の光を纏う。
「
術を仕掛ける天祥の声が部屋に響くと、その両手から生じた光の塊が赤星王を捕え、その体を瞬時に飲み込んでいく。紅い光は玉を成し、杜陽の体に押し込まれていった。 そして杜陽は、そこに倒れ込む。その体を蒼星王が支えた。
「気を反らせて頂いて、どうも」
天祥が蒼星王に礼を言った。
「まだその時ではないからね。それに、赤星王は、僕の瑠璃を脅かす存在だから……」
「瑠璃?」
訊き返した天祥に、蒼星王の返事はなかった。その蒼光は静かに収束し、劉朋の体に吸い込まれていった。
代わりに、緑星王が記憶を辿る様に呟くのが聞こえた。
……瑠璃……か。そう言えば、あれが消えてからか。天界に様々な軋みが生じ始めたのは……
「ご無事ですか、陛下……」
声がしてそちらを見れば、戸口に朱凰が佇んでいた。天祥の身を気遣う言葉を掛けながら、しかしその部屋の惨状に、思わず顔を歪めている。
「で、この始末、どういたしましょうか?朱雀殿」
「……覚醒したのか」
自分をもう一つの名で呼んだ劉朋に確認する様に言う。
「何か、色々、ぼんやりしていたものが、急によく見え始めたって感じですか」
「取りあえず、それは祝着な事じゃ……黒鶯の犠牲も報われる……」
蒼星王覚醒の事実を知り、朱凰はしばし考え込み、そして天祥に向って言った。
「そなたの用は、もう済んだのであろう?」
「あ、ああ。まあ、何とかな」
「ならば、長居は無用じゃ。我らは、華煌京へ帰還する。劉朋、皇騎の兵は置いていくゆえ、必要に応じてこれを動かす事を許可する。そなたには、私の代理という権限を与えよう」
「ちょ……私だけ置いてきぼりですか」
「深紅を封じる程の力を使ったばかりじゃ。この天祥には、自分の他に、後一人ぐらいしか共に飛ばす事は出来まい。距離もそう長くは無理じゃ。追手を振り切れるかどうかは、五分といったところか」
「おっしゃる通りです」
天祥が両手を広げておどけて見せた。
「よって、そなたには、その杜陽をここに足止めして置いて貰わねばならぬ。目覚めたのなら、相応に働いて貰うぞ。それに、そもそも赤星王の抑えは、そなたにしか出来ぬ」
「何か、貧乏くじ引かされた気分ですね」
「最後まで優雅に寝ておったのだ。文句など言える立場か」
「はあ……」
「天祥だけは、何が何でも連れ帰れと、劉飛様からしつこく念を押されておる。河南がその体を欲しがっているのだとすれば、尚の事、渡す訳にはいかぬであろうが。分かるな?劉朋」
劉朋が渋々ながら頷くと、朱凰は天祥を促した。
「参るぞ」
「承知」
天祥が床に方位陣を描く。そして、その上に朱凰と共に立つと気を集中した。
「飛空術……」
微かな空気の振動を残して、二人の姿はその場から忽ち消え失せた。
「杜陽っ!」
それと入れ替わる様に、今度は杜亮が姿を現した。
劉朋に体を支えられる様にして気を失っている弟と、重傷を負い床に横たわっている黒鶯を見て、そこで何が起こったのか察した様に、難しい顔をした。そして又、そこに残る八卦の波動を感じ取って、雷将帝はそこから逃げ去ったのだと悟った。杜亮の気配を感じたのか、ふと、杜陽がうわごとの様に言った。
「逃がしちゃだめだ。あれは、鍵だから。早く、捕まえないと、河南が……」
どういう経緯があったにせよ、このままでは間違いなく、この河南は、皇帝に刃を向けた事になる。皇帝がこのまま都に戻れば、河南は終わりだ。
瞬時にそう考えて、杜亮は側に控えていた匠師に命を下した。
「奴らを追え。皇帝を燎宛宮に帰してはならない」
その言葉に、四人の匠師が、微かに残る波動を追って、姿を消した。
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