第7話 ね ね


7.

 総務の可愛い声が聞こえた。

「で。真白くんはいつもどこほっつき歩いてるんですか!?」

 総務が身を乗り出すように聞いてきた。僕の目を見ながら迫ってきた。

「あ、総務、今日も可愛いですよ」

「ありがとうございます、えへへー」

 総務は笑顔だ。あー可愛いなぁ。

誤魔化ごまかせてないですからね!」

 やっぱりダメだったみたいだ。


 放課後。まぁ放課後といっても、放課後というかただの夕方である。僕らが学校に

行っているわけだが、そもそも僕にとっての学校という定義が曖昧だ。ここではまともな授業なんてないし、この廃れた校舎に来るのなんて僕と総務と数人の物好きぐらいしかいない。先生なんてここ何年見てないだろうか。

 近くにいる大人といえば、タケシタさんぐらいしかいなーー


「真白くん、聞いてますかっ!!」

「ふぇ?」

「聞いてないでしょ! 私の話、このアンポンタン!」

 総務の雷が落ちた。


              アンポンタン!!


 僕はびっくりした。

 ・・・・・・こんな可愛い罵倒語があったのか! 総務ホントかわいい。


「総務、総務」

「はいぃ? なんですか?」

「『アンポンタン』じゃなくて、『あんぽんたん』でお願いします」

 そっちの方が可愛い。

「へ? 何言ってるんですか」

 総務は冷ややかな目でこちらを見た。

「もう、つれないなぁ」

 僕はやれやれと首を振った。



      ******



「真白くんって、ホントにいろんな依頼受けちゃいますよね」

 総務は周りを見渡しながらふっと漏らした。

 ここは僕がいつも水をあげにいっている湖だ。

 僕は花に水をあげながら、うわの空で答えた。

「なんででしょうね」

「なんでだと思います?」

「そういう星のもとに生まれちゃったんでしょうね、僕。あちゃーー」

「自分の運命に対して適当ですね」

「でも、ここの湖、綺麗なんですよね。人間が入ってこないから」

「話がそれてますよ、真白君」

 そんな話をしていると、向こうからゆっくりとがやってきた。

「あらあら、元気かい、真白さん」

「あら、どうもかめさん。それにつるさんもいるのか」

 は湖は日向ぼっこをしていました。

「あぁ、真白君か。今日も天気が良いよ、それにいつにもまして周りの木々や植物が元気なように感じる」

「そうか」

「まぁ、ボクはただのだから、たいしたことは分からんが」

「別に気にするなよ、人間も同じようなもんだぜ」 

「ところで、その隣の少女は誰だい? 君の知り合いかな?」

 そのつるの質問に総務が答えた。

「初めまして。真白君の友達の……」

「総務って呼んでください」

「こら、真白君。違いますよ」

「へぇ、よろしくね、総務」

「よろしくお願いしますね、総務さん」

「だから、違いますよ!! 勝手に進めないで!!」

 総務が僕のほうを向いて、

「真白君が勝手に変なこと言うから! 総務じゃないのに! 私には林檎りんごっていう名前があるんです!」

 そう。彼女には総務ではなく林檎りんごちゃんなのだ!!ただ……

「うん。知ってるよ。ただ僕は総務は大好きなんですよ。ただ、林檎嫌いなんだよな……」

 そう、僕、水乃真白はリンゴが嫌いなのだ。あれはどうしても食えない。

「えっ……」

 総務はすこしだけ、顔を赤らめた。

「おっ……」

「あらあら、お二人とも若いですねぇ」

とつるとかめはしみじみしだした。

「総務、勝手に照れるのはやめましょう。いつも言ってるじゃないですか」

 僕はいつもと違う反応にびっくりした。

 総務が顔を赤らめて照れている。なんていうタイミングでのツンデレ。いや別にツンデレでもないのか。「大好き」に反応してしまったようだ。

 いつもは「あー知ってる」ぐらいでいなしてしまうのに。どうした急に。

「むー! 照れてないですよ!!」

 彼女はふくれっ面で抵抗したが。

 どうした、急にかわいいぞ。

「いつもは人がいないところでやるでしょう? なのに真白君が急に人前でいうからびっくりしただけです!」

 あ、なんだそんなことか。僕は腑に落ちた。確かにいつもは、影でこそこそやってたわ。

「びっくりしただけです!!」

 念のためか、もう一回強調してきた。頬はまだ赤い。



      ******



8.

 そして、それから3日後の昼下がり。今日も天気が良い。僕は唐突に言った。

「かめに名前をつけてみたんだが」

「何を言う。名前なんてなくたっていいだろう?」

「だって、総務がそう言うから」

 総務が僕の右からひょっこり出てきて言った。

「屋号を大切さを知ったほうがいいですよ?」

「なぜだ?」

「それは区別がつくだろう。自分と自分以外、きみときみ以外に」

 なぜか僕が答えてしまった。

 鶴はピンとこない顔をしていた。

「分かりにくいですよ、真白くん」

 総務が僕をいなした。

「簡単ですよ、鶴さん」

「相手に自分の名前を呼ばれた時に。とても幸せになるからです」

 そして、相手が理解するのを少し待ってから続けた。

「それが恋する、ということなんですよ」


「ほう。それはいいな」


 つるは微笑んだ。

 すると、かめがやってきて

「おやおや、どうしたんですか?」

と、聞いたので、つるが説明すると

「あら、素敵ね、私たちそんなこと全く考えてなかったわ」

と、驚きながらも喜んでいた。


 かめの名前はあいさん、きみの名前はゆうさんです。


 自信満々になった総務は言った。

 いつもより落ち着いた声でつるの『ゆう』さんは言った。

「ねぇ。あいさん」

「なに、ゆうさん」

「なんでもないよ」

「そう」

 名前を呼びあうふたり、じっとみつめて笑うふたりは恋人になったばかりのように初々しかった。

 総務は満足そうだ。僕も、まぁ気持ちはわかるけど……。

「ここまでの上物見せつけられるとは思ってませんでした?」

 総務が僕にだけ聞こえる大きさの声で訪ねてきた。

「正直、きついですね」

 僕は苦笑いで返した。

 あいさんはずっとにこやかだった。

「いい名前ですね。私も、あなたも。ゆうさん」

 こうして、またふたりは仲良くなったのだそうだ。

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