第6話 ん ん

6.渡り鳥を殺した夜


 ある日、ある夜。

 山々の間、人気のない、木々が並ぶ盆地に守られた夜の湖にて。

 真白が呆然と立っていました。

 後ろから声が聞こえました。

「どうしましたか、真白さん」

 真白は振り返りました。亀がそこにいました。

 しかし、彼の焦点は定まっていないようでした。

「僕にはわからないんだ。僕には」

 真白はひどく混乱しているようでした。


 偶然にも、真白が渡り鳥を殺した次の日のことでした。


「僕には、分からないんだ。どうしようもなく、はっきりと、確実に、分からないんだ」

 真白の声は掠れて、震えて、途切れ途切れに、亀の耳に届きました。

「なんで、死ぬ?」

 彼はこの言葉を漏らしたあと、しばらく黙りました、

 その間亀はずっと黙っていました。


「取り乱して、ごめんなさい、花に水あげますね」

「今はいいんですよ」

「あ、そうですね、夜に水あげても意味無いかもしれませんね、でも朝来てないから……」

「今はいいんですよ」

 彼女は強く言った。

 だけど、優しくも聞こえた。


 真白は亀を見た。

 亀は見下ろされても全く動じることなく、真白を見上げた。

 真白は引っ張られるようにして座り込んだ。

 亀が真白の右に動く。


「今はいいんですよ、感情を隠さなくても」

「……」


 真白は亀に顔を向けず、湖を見ていた。


「その感情は誰かに甘えたいものでしょう?その感情を隠すと、もう一度あわらして、甘えるのに、100年かかりますよ、わたしみたいに」


 かめは笑い声を漏らしました。

 つられて真白にも苦笑しました。


「じゃあ、僕は死んでますね」

「えぇ」

 何事でも無いように亀はうなずきました。

「だから、真白さん、わたしに甘えてみてください」

 なぜか、真白は亀の言葉に少女の影を見た気がした。

「かめさん、お母さんみたいなことを言うんですね」

 しかし、真白は、なんとなく違うことを言っていました。

 なぜ少女を母と言ったのかは分かりませんでした。


「でも、わたしも弱いんですよ」


「わたしにも救えない気持ちとか、言葉とかあるんですよ」


「だから、黙るしか無いんです」


 真白の横に白いワンピースを着た少女は語る。

 それが幻覚だとは分かっていた。

 ただ、少女は真白の横に座り、真白に寄り添うようにして、語る。

 真白は話を聞きながら、ただ甘えていた。


 頭を撫でられた、気がした。


「また、笑って、ここにきてくださいね、真白くん」

 柔らかな声で囁いた。

「でも、僕は……押し付けられた。関係なかったはずなのに。僕にはなんのつながりもない。そんなやつらしかいなかったのに」

 真白の声は涙が混じって途切れ途切れにだった。

「何もみたくないんだよ」

 

「もう……うぅ。」

 しばらく沈黙が続いた。

「甘えちゃってますね、僕」

 涙を少しだけ出した真白は自嘲的に笑みを浮かべた。

 かめは優しく、黙って傍にたたずんでいた。

 


 綺麗な湖には静寂が流れていた。

 ほとりでふたりは寄り添うように、座っていた。

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