第5話 せ ま


5.ふたりは意味のない会話を交わす。


 それからのこと、花が咲く季節になると、真白はこっそりと人気のない湖に来ては、花の様子を見に来たり、適当に草を抜いたり、つるやかめと話したりしました。


 ある日、真白は水をあげていまきた。

つるが様子を聞きました。


「真白、今日はどうだい?」

「花の機微は僕よりあんたのほうが詳しいし、繊細だろ?」

「そうは言ってもだな」

「まぁ、そろそろ咲きそうだよな、あと少しだけだな」

 ここには綺麗な湖があります。山々に囲まれ、その湖のほとりはまた草が生い茂っていました。

 もうすぐ春の季節。

「ところで、あの、真白、何を食べている?」

「ん?」


 真白は何かを食べていました。


「行儀が悪かったか?一応、音は出さないようにしてるけど」


 そう言って、真白はグレーのパーカーの前についているポケットからお菓子の小袋を取り出しました。


「食うか?」

「その小包はなんだね?」

「ん?これか」

 真白は鶴に向きました。

「これはチューインガムだよ、ぶどう味」

「チューインガム?」

「噛み続けるためのガムさ。僕、ぶどうの味好きなんだよ」

「噛みにくいなら飲み込めばいいじゃないか?そんな牙にもならない歯を持ってどうする?」

「違うよ」


 真白はいいました。


「わざと嚙み切りにくくしてるんだよ」


 そして、真白は続けました。


「食べるために食べるんじゃないんだ。人間の歯のもろさは人間がよくわかってる」

「わざと、なのか?」

 鶴は文明の力に唖然としました。

「わざと……わざと?どういうことだ、わざと嚙み切りにくくする?人間は随分珍妙だな、チューインガム……か……」

「口の中で溶けないようにできててさ、ひたすら噛み続けることを、目的にしたガムさ」

「人間の娯楽はよく分からない」

 真白はゆっくり笑いました。

「ははは。別に娯楽なんてもんじゃないよ、このガムはただの暇つぶしだよ。これでも30分は持つけど。ま、それでも1時間ぐらいは噛んでるもんだけどね」

「30分!?そんなあっという間に?」

「驚きすぎだよ。味がしなくなるからな」

「分からない、そんなものなぜ食べる?」

「ん?だから言ったろ、暇つぶしだよ。口を動かしてないと寂しいのさ。なにか味がするものを食ってたいのさ」



 バカなことを、言わないでくれ。



 鶴は羽をはばたかせて、湖に入りました。

「ただでさえ人間は時間が残されてないとこの前言っていたじゃないか?たった80年のくせに、暇つぶしする時間だってないのに」

「あぁ。人間はバカさ。時間の使い方が分からない」

「時間の貴重さも知らないなどは、愚の骨頂だ」

 バシャバシャと羽が水を打つ音が響いた。

「……入浴の時間か」

「あぁ、真白と会う前にずっと思っていたが、忘れてしまっていた」

「そうか」

「すまないな。話をもう少しだけ、続けよう」

「そうだな。そして、よく、計算を間違える」

「ボクは1000年の内280年が過ぎた今でさえ、足りないと思うのだ」

「足りないか」

「そうだ、もう時間の問題ではないことは分かっている。ボクはね、愛し足りない、そばにいても足りない。そばにいる時間が欲しいと思っていたんだが、うん、悩みが尽きないんだ」

「愛と時間は関係なさそうに見えるけど、実は結構関係あるんだぜ」


 つるは、静かになって、真白に向かって真面目に言いました。


「そんなに暇ならその時間をくれないか?」

 真白は鶴も見ないで答えました。

「無理だよ。人間はもとから残された時間が少ないんだよ」

 そして、咲きそうな花を向かってしゃがみ込みました。

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