第4話 は は
3.
「私は独りなの……」
「どうしたの……?」
「だって……」
「……」
つるとかめが出会ってから100年が経ちました。
あれからというもの、つるは面白おかしく話を語り、かめはただ、笑って聞いていました。これはつるにとってはすごく心地の良いものでした。
彼女は認めなくないことをあらためて認める。
それは彼女にとっての全てを振り返るに近い行為でした。
つるは話を聞いてただ黙って寄り添っていました。
「それ以上はいっちゃいけないよ、かめさん」
つるは止めました。
「……」
「でも。ボクでよければ話を聞くよ」
悲しみを分かち合えるなら。
「今は君の傍に居るからね」
「……ありがとう」
かめは笑いました。少しだけ泣いた後に。
4.
320年が経ちました。惑星は汚れていきました。
人間は思ったよりも愚かだったようです。
湖には、一匹のつるがいました。
そして、男の子が一人、つるのそばに立っていました。
青いチノパンに白いパーカーを着て、綺麗な形のボブの男の子がいました。
くりっとした目。薄い唇。整った綺麗な鼻。肌は純白、というほど綺麗な男の子。
つるが言いました。
「お嬢さん、この花を七年間咲かせてくれないか?」
男の子は答えました。
「この花を、か?」
男の子はその通り、男の子なのですが、どうやらお嬢さんと見間違えられているようです。
「いや、この花じゃないんだ」
「それじゃあ、何の花?」
「ボクは見たことのない花が良い」
「見たことの…ない…花か」
急な注文に男の子は黙り込みました。考えているようです。
「出来れば、綺麗な花が良い」
「綺麗な花か……」
真白はじっくり考えました。
「花屋に行ってみるか?」
「花屋!」
つるは目を見開きました。
「どうした?」
「あんな酷い場所はないぞ、真白」
「なんでだ? 花をあげるのは?」
「人間の感覚と違うから無理だ」
「どういうこと?」
「かめさんにはきっと、摘み取られた命で喜びはしない」
「なるほど、だから」
「あぁ。花屋はボクも反対だ。君にとってめんどくさくてすまないが、種から咲かせて欲しい」
そして、真白は花を探しました。
「7年咲き続ける花なんてないぞ……」
・・・・・・
「うーん、あんまり、使いたくないんだけどな」
******
真白が花を準備した、次の日。
「かめさん、見てよ、綺麗な花だよ」
「あら。つるさん。どうかしたんですか」
「ほら、花が咲いているじゃないか」
「あらあら」
「すごいきれいな花だ。ずっとこれからも咲き続けるだろう」
「綺麗な花だよ。まるで……」
君みたいだ、と言おうと振り返ると、かめは湖の近くで日向ぼっこをしていました。
話を聞いてなかったようです。
少し遠くから、真白は見ていました。
「7年は無理だろうな、そう簡単に上手くいかないか」
と、ぼそりと呟きました。
「でも、気付けばいいんだ、無意味ってことに」
そして、次の日。
「まだ、咲いてるね、綺麗なままだ」
「そうですね、つるさん」
「君はこの花が好きかい?」
つるはかめにこの花を好きなって欲しいのです。
「うーん……」
かめの反応はいまひとつでした。
「いや、良いんだ、ずっと見ていれば、そのうち好きになるよ」
つるはそう言って花を見ていましたが、なんだか変な感じがしました。
3日後。
「今日も綺麗だよ」
という言葉は飲み込みました。
かめが昼も夜も、ずっと咲いている花に興味を示さないからです。
つるもなんとなく、可笑しさを感じていました。
その時、後ろから声がしました。
「7年咲き続ける花はないよ、つるさん」
「ま、、!」
かめは、ここには珍しい来客に、少し驚いたようでしたが、
「つるさん、友達なの?」
と聞くと、黙っていました。
「い、いや、隠してたわけじゃないんだよ、かめさん」
「かめ、か、君の相手はかめなんだね、別に尊敬も軽蔑もないけどさ」
真白がそこに立っていました。
そして、かめに自己紹介をしてから、
「それは造花だよ」
と続けました。
「造花……?」
「人間が作った偽物の花…そこに命はないよ」
「な、なんでそんな花を?」
つるは少しずつ、怒りを露わにしていきました。
「おい、真白くん、それじゃあ、意味が無いんだ、わかっているだろう?ボクは種から咲かせて欲しいと言った……」
「それはそのかめさんは喜ばせるために、だな?」
「っ……」
真白から言ってほしくはありませんでした。
「別に隠すことじゃ無い」
好きな相手に何かをサプライズで施すことは素晴らしい。
ただ、恥ずかしいだけで。
真白は分かっていましたが、敢えてそれを口にしました。
「だが、花っていうのは7年も咲かない、だろ?」
真白は告げました。そして、続けました。
「7年か、確かに僕にとっては長い。人間だから。だけど、君たちにとっては短いんだ。とても、だけどね、花にとっては7年なんてもっと長いよ」
だから、この依頼には答えられない。
「そうか、すまない」
つるは言いました。
「でも。いいじゃないですか」
そこで口を開いたのはかめでした。
「私は花にとっての一生がいいです」
少しだけそう漏らした後、彼女は下を向いた。
つると真白は次の言葉を待っていました。
「それが、私にとっての一瞬でも、です。もちろん、つるさんの気持ち、嬉しかったですよ」
かめはつるに向かって言いました。
「そうか、そうか、かめさん。隠していてすまない。あまりにくだらないことに悩んでいたようだ、私は」
「また、花が咲く季節になったら、花を見に行こうよ、ね?」
ふたりは笑いました。お互い照れながら。
ふたりは気づいてないようですが、
「もうすっかり恋人気分だな……」
真白はこっそり呟きました。
「で、僕が毎日花に水をあげるってこと?」
真白に仕事が増えました。
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