第2話 つ か


 まだ人が、人とは言えないような一枚の大きな毛皮をまとって大きな生き物を狩っていた、そんな時代です。舞台となる綺麗な湖はぼさぼさに生えた山の森林に囲まれていました。

 かめとかめのお話です。


ーぼくはきみを愛してるんだー

ー私もあなたを愛していますよー


ーさよならー

ーずっと待ってるからー


 ふたりは幸せそうに笑いました。しかし、この幸せは長く続くものではありませんでした。雄の亀は海ガメでした。海に帰らなければいけません。雌の亀は雄の亀の帰りを待つことになります。


ーでも、僕たちはずっと一緒にいられないねー

ーえぇ。でもずっと一緒にいたいのー

ーだからね、ぼくたち、これからはさ、僕たちのことを、忘れて、お互い独りぼっちになろうよー

ーどうして?あなたと居たいー

ーでもね、ぼくはきみにとってふさわしくないと思うんだーー

ーそんなことないのー

ーいや、そんなことあるよ。君はもっと幸せになる権利がある。そして、ぼくでは君を幸せできないよー

ーそんなことないよ。もう今が幸せなの、離したくないのー

ーいや、このままぼくと居続けたら、だめだ。君の夢は醒めるからー

ーなんで、そんなこと言うの?ー


 ふたりとも別れたくない。一緒にいたい。でも別れなければならない。一緒にいられないと思う。ずっといたい。でもいてはいけない。


 さて、嘘をつきはどちらなのでしょう?


ーさっきも言った。ぼくはきみを愛してる。ぼくは幸せだ。

ーでも、ぼくはほかの亀よりも小さい体をしているし、噛む力も弱い。つまりはかっこ悪いやつなんだ。これは事実さ。ぼくよりもかっこいい亀はいくらでもいる。

ーきみがぼくを好きになる理由はきっとどこにもないはずだよー


 おもえば、恋という動作も難しいものだ。私たち恋人はお互いの顔に幻想か特殊な魔法でもかけて、いつの間にやらロミオとジュリエットさ。


 雄の亀は独り言のようにつぶやきました。

ーだから、ぼくたちは先に夢から醒めよう?ー


 雌の亀はだって首を振ります。

ーちゃんと待ってるからー


 海に帰ってまた、ふたりは会う事ができるのかは、まだ誰にも分かりません。



 そして、雄の亀は帰ってきませんでした。雌の亀は独りぼっち。そうだと気付くのには、3年もかかりませんでした。



 海ガメが海の上で人間の食料になったことは誰も知りません。

 雌の亀は何も知らないことを知っている人間は誰もいません。

 ただ、雌の亀は気づいてしまっただけなのです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る