第14話 慈悲?



       ******



「はーい、総務起きてくださーい」


 なんとか一件落着した僕は総務を起こしていた。もう外では朝の鳥が鳴いていた。


「むにゃむにゃ」


 ってかこの人寝てるときむにゃむにゃ言うの?初めて見た可愛すぎか。


「起きないと勝手にキスしちゃいますよー」



「じゃあ、私は可愛い王子様のキスじゃないと起きませーん」



「いや、起きてください」

「嫌です、寝てます。ぐー」


「起きて」

「いや」


 僕は総務の体を揺すった。あんまり女の子の扱い慣れてないんだけどな。まだ死体の方が慣れてる。……あ、あんまり冗談にならないぞこれ。

 ホントに起きてよ、と寝ている総務を抱き起こそうとした時、


 えい


 うお


 一瞬にして僕らの上下が入れ替わった。

 気付けば僕が総務を見上げていた。

 僕は軽く姫さまに倒されたらしい。

 彼女は僕の上にのしかかってきた。僕の胸とお腹に置かれている彼女の手の感覚が異様にはっきりわかった。


 何かに呪われて、取り憑かれているんだろうか?これも呪術なのか?


 そのとき、どっと疲れが押し寄せてきた。思えば40時間寝ていない気がする。僕の感覚なら二日だ。

 彼女に押し倒される延長線上で、力が抜け、僕の意識は途切れていった。


 ああー、寝ちゃいましたかー。おやすみなさいー。


 彼女の言葉と左頬の感触の意味を確かめる前に眠りについた。



      ******



 全てが終わって最初に戻って、現在。


「知ってますか?『お呪い』って『おまじない』って読めるんですよ」


 僕が起きて、顔を洗って帰ってくると総務は漢字を僕に示しながら言った。

 おまじないか。そういえば、僕が最後に何かに対して祈ったのはいつだろうか。


「おまじないですか」

「おまじないです」


 総務は僕の目を見て言った。僕はカーテンを見ながら答えた。すっかり朝だ。光が漏れていた。


「祈って願って変わることってあるんでしょうね、きっと」


 本当はそんなこと思わない。だけど僕は言った。

 祈って願って変わることなんて、きっと無い。


 だって願ったって、何も変わらないじゃないか。神さまがいたのなら何も願うことなく平和であってくれればいいのに。人が何かを願うのは、祈るのは、それだけ思うと思い込ませるだけ、というのは言い過ぎだろうか。僕はよく考えすぎるから。


 あのりすを救ってやってもよかったんじゃないか、神さま。


「それでもいいじゃないですか」


 総務は口を開いた。そして、続けた。


「願って祈って何かを思えるならきっと変われますよ」

 願ってみることで動ける人がいるのなら、ですけどね。

 もしくは、誰かにお願いされることで動けるどこかの誰かさんみたいな人、とか、ですかね。


 彼女は微笑みながら言った。

 やっぱり僕のことを見透かすように微笑んでいた。

 そもそも僕が分かりやすいんだろうか。


「へぇ、それはそういう性癖のかたもいるんでしょうね。僕は総務に涎掛けられたいですね」


「そ、そそういう話ではありませんっ」


 だから、適当にごまかすことにした。きっと僕にはまだ、分からないことだ。

 突然のカウンターに総務は1人であわあわしていた。なんか心当たりでもあったのだろうか。ま、それはとにかくとして可愛い。やはり可愛い。


 総務を相手にするときの変態はエスカレートしたようだった。やっぱり可愛いなぁ。


「情念って送る方もいろんな感情なんだろうし、受け取る、現世の我々側のほうも、どの感情を、受け取るかで、同じはずだったものが祝福になったり、憎悪として生きている人とかを苦しめたりするんだろうなーって思ったんですよ」


「なるほど」


「死んだりすさんみたいに、誤解というか、間違いから生まれてしまったものだけど」


 間違いから生まれてしまった幽霊。死ねないことで死ねた幽霊。

 でも、生まれてしまったことは仕方ないのかもしれない。


「それも今、祝福に変わっていたら、救われますよね、あいつ自身が」


「えぇ」


 総務は笑った。

 からかわれてから落ち着いた総務はこれが言いたかったらしい。


「さすが総務、真面目ですね」


 僕はわざわざ一つ一つから教訓を得ようなんて思わない。

 一見だいたい正解にしかみえないから、きっと正解に見えるものしか、僕らは見てないからだ。


「そうではありませんよ、ただ思っただけです」

「あと、わざわざ僕のために4時間も居てくれたなんて……」


 申し訳ありません、と言うべきか。ありがとうございます、というべきか。


 どっちなんだろうか


「いえいえ、私も横で寝てましたから大丈夫です」


 僕が言う前に総務が顔を俯け、上目遣いでなんか言われてしまった。


 僕はなんだか、どうしようもなくなって、カーテンの向こうの空を見つめていた。つまりはカーテンを見ていただけである。

 しばらくしたあと、彼女は顔を上げ、ゆっくりと微笑んだ。



(りすの成仏 了)

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