幕間・すっぱい葡萄と甘い檸檬

酸っぱい葡萄と甘い檸檬


 すこし、ほんのすこしの昔、昔。

 あるところに女の子がおりました。女の子はかわいらしい黄色いワンピースを着ていました。女の子は高い木の下で泣いていました。

 高い高い木には、赤色の風船が引っかかっていました。どうやら女の子の風船のようです。風船を取りたいのですが、女の子には高すぎで取れませんでした。

 また、その木にはみずみずしい葡萄ぶどうがぶら下がっていました。


 そこに、とあるきつねさんが通りかかりました。


「どうかしたのかい?」


 女の子を見かねたきつねは聞きました。

 女の子は泣いていて、何を言っているのか分かりませんでしたが、


「風船を取って欲しいのかい?」


に頷きました。それだけはきつねに伝わったようでした。


 しかし、


「困ったなぁ」


 きつねは言いました。


「とてものぼくの身長ではあの木には届かない。そして、ぼくは木登りが苦手なんだ」


 きつねには手が打てませんでした。


 きつねは女の子をなだめました。


「ねぇねぇ、泣かないでおくれ。ぼくには風船が取れないんだ。だけどあの風船には意味なんてないんだ」


 女の子はきょとんとしました。何を言っているんだろう?と思いました。

でも泣くことをやめていて、話を聞き続けました。


「ほら、よく見てみてよ。あの風船、どんどん萎んでいってるじゃないか、そらみたことか、あんなところにある風船なんだから、どうせ木の枝でも刺さったに違いない」


 どう見ても風船はぱんぱんに膨らんでいますが、きつねは嘘つきなので、そう言い訳しました。

 話を聞いた女の子は、また泣き出しました。

 とうとうきつねはどうしようもできなくなってしまって、


「もう、ぼくにはできないね」

 と、諦めました。


 でも

「これは僕が悪いんじゃない、風船がしぼむからいけないんだ、風船は取れないんだ。あんなところにある風船には意味がないだけだよ」


 と、言葉を残し、どこかへ行ってしまいました。



      ******



 それから、ほんのちょっぴりだけ進んだ時。

 女の子はまだ泣いていました。赤い風船は取れないままでした。

 そこへ、とある一匹の渡り鳥がやってきました。


「おやおや、黄色い服を着た可愛いお嬢さん。どうしたんだい?」


 渡り鳥はにこやかに、しかし、怪しまれないような尋ねました。

 そして、女の子から事情を聞いた渡り鳥は考えました。


「なるほど。お嬢さん。風船が欲しいのかい」


 女の子はうなずきました。


「しかしね、お嬢さん。確かに私は空を飛べる。この翼があるから。木には辿り着くんだ。だけど……この憎いくちばしが尖っているから、取ろうとすると、風船を割ってしまうんだ」


 渡り鳥は寂しそうに、自分を笑うように言いました。


「ごめんね。鳥にワレモノは扱えないんだ」


 渡り鳥は謝りました。

 しかし、女の子は泣きやみませんでした。


「仕方ないなぁ」


 そう言って渡り鳥は少しだけ、羽ばたきました。

 渡り鳥はちょうど木の高さま浮かび上がり、そのくちばしでーーーー


 葡萄ぶどうを摘み取りました。


「ほら、甘い甘い葡萄だよ、風船はとれないけど、これで勘弁しておくれ」


 渡り鳥はみずみずしい葡萄を女の子に渡しました。

 渡り鳥のくちばしで、葡萄は一粒がはじけていました。


「欲しいものが手に入らない恐ろしさは、きっと君と同じように、私も理解していることだよ」


 女の子は渡り鳥の言ってることが分かりませんでした。

 表情に出ていたのか、渡り鳥はまた、ゆっくりと微笑みました。


「ごめんね。お嬢ちゃん。風船を取ってくれる優しい人が来るまで、もう少し、辛抱できるかい?」


 そして、渡り鳥は羽で女の子の頭を優しく撫でて、どこかへ飛び去ってしまいました。



      ******



 女の子が高い高い葡萄ぶどうの木の下で泣いていました。

 女の子は黄色いワンピースを着ていました。

 そこに、とあるひとりの総務がやってきました。

 総務は青いブラウスに淡い水色のスカート、そして、黒いタイツに赤い靴。メガネも赤色でした。

 彼女は、 女の子をなだめながら、話を聞きました。


「そうですか、それは悲しいことですね」


 総務は女の子の頭を撫でながら答えます。

 しかし、総務の力では、木によじ登って赤い風船を取ることはできませんでした。

 また、総務は誰かと同じように葡萄も取れないことはわかっていました。

 そこで、総務は言いました。


「ねぇ、見て。あそこに檸檬れもんがなっているでしょ?あれを食べましょうよ」


 葡萄の木から、見えるところ、少しだけ遠くに、檸檬がなる木がありました。

この木の高さなら総務でも手が届きそうでした。

 9粒の葡萄の4粒を食べ終えた女の子の手を引いて、総務は檸檬を取りました。


「きっと、この檸檬。甘いですよ。だってこんな近くにあるんですもの」


 女の子は首をかしげました。

 総務は話し始めました。


「誰も取れないような高さの葡萄は、きっと美味しくない、酸っぱいって決めつける、よくある話ですよ」


 そう言って総務は檸檬を渡しました。爆弾発言です。


「でもね、ごめんなさい。私は風船を取れないの」


 総務はまた謝って、泣いている女の子を、撫でました。

 そして、総務は歩いてどこかへ行ってしまいました。



      ******

 


 黄色いワンピースを着た女の子がひとり、高い高い木の下で泣いていました。

 高い高い葡萄ぶどうの木には赤い風船が挟まっていました。

 女の子は泣きやみませんでした。

 女の子は、右手で残り3粒の葡萄、左手で一口だけかじられた檸檬れもんを持っていました。檸檬が想像以上に苦くて、酸っぱかったようでした。

 そこに、とあるひとりの水乃真白が通りかかりました。


「……」


 真白は通り過ぎました。


「……」


 女の子は泣きやみませんでした。彼はどんどん歩き去ってしまいそうでした。


「……どうしたの?」


 さすがに泣いている女の子の手前、ようやく真白は自分を強く持ち、質問しました。

 真白は話を聞きました。


「その葡萄と檸檬はどうしたの?」


 彼は聞きました。そして考えていました。赤い風船が引っかかっている木の葡萄は取れるのに、なんでその人は風船を取れないんだろうか?

 真白はいろいろ考えながら女の子から話を聞きましたが、結局何を言っているか、泣きじゃくっていたためか、よく分かりませんでした。


「ようは僕はあの風船を取ればいいのかな?」


 彼は尋ねました。女の子はうなずきました。


「その前にさ、これ食べる?新作なんだ」


 真白はポケットから、グミ出しました。

「葡萄味だよ」


 しかし、女の子はしーんと黙って、風船を見つめていました。無視していることに気付いてないようでした。


「グミあるよ」


 真白はもう一回聞きました。

 女の子は首を横に振って、風船を指さしました。

 風船を取っている間の女の子のための暇つぶしにと、真白が考えた計画は無くなりました。


「別に取れないことは無いけどな……」


 そうやっていって、真白は木に登り始めました。

 難なく登って、風船を掴み、ゆっくりと、でもちゃんと降りてきました。どうやら、大人の男の子にはそんなに難しいことではなかったようです。


「はい。もうなくしちゃダメだよ」


 真白は女の子に赤い風船を渡しました。


「あのさ、グミ食べる?」


 真白は懲りずに聞きました。どうやらこの新作を人にお勧めしたいようでした。

 女の子は笑顔で元気にうなずきました。


「美味しい?」


 女の子はうなずきました。



「美味しいよね、僕、結構好きなんだ。こういう何かの代わりもの」

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