第12話 狂気?



       ******



「じゃあ、私寝ますね。起きていてくださいね」


 ここは僕の部屋だ。一応ここが寝室にあたる部屋。もう1つの部屋はダイニングとキッチンである。

 僕の部屋は俗に言う「1DKわんでぃーけー」だ。


「ほんとに僕の家でいいですか?」

「だって、今回は水乃くんに頼るしかないんですもん」

「まぁ、確かに。でも、服……」


 彼女は自分の服を見て、僕の言いたいことが分かったようだ。


「あー。確かにパジャマじゃないですもんね、確かに寝づらいかも……」

「すみません。一旦、総務の家に寄ればよかったですか?」

「でも、疲れていたし、大丈夫です。ちゃんと寝れますから、それともあれですか、パジャマじゃないと興奮できませんか?」


 総務が妙なテンションで僕に絡んできた。

 伸ばした手は僕の方に届いてないけれど、なぜか変なテンションで甘えてきた。どうした。


「落ち着いてください。ちゃんとりすが襲わないようにします」

「うん。怖いんですけど、真白くんなら出来ると思ってますよ」


 要は怖いのだ。あのりすが。


 まぁ、しかし、

「僕が総務のあまりの可愛さに襲うかもしれませんよ?」

「そうやって言うくせに、結局ちゃんと見守るところありますよね」


 言われて声が詰まった。確かに。

 私は好きですよ?と笑いかけられた。


 そうやって言われると、ちゃんと見守るしかないし、


「ちゃんと自分を見守るまでに持っていくところ、ほんとに上手いですよね」


 自己暗示だということまで見透かされてしまっていて、恥ずかしくなった。



      ******



 適当に拾った木の枝、藁。形作り、そこにじゃりと、水と、


「ホントは嫌なんだけどな……」


 僕はぼやきながら、左手を広げ、掌に鋭利なナイフを押し付ける。

 ゆっくり、ゆっくりナイフを引く。


 微かな痛み。とろん、と流れ出した血。


「っ………」


 落ち着いたままで、袋の上で、僕は左手を強く握りしめた。

 血が滴った。

 ゆっくり、だが、確実に袋に僕の血が詰まっていった。


 どくどく、どくどく。


 しばらく、無言で、血を注いだ。

 隣の部屋では総務が寝ていた。本当に他人の異性の部屋で寝られるんだ……。



 流れる血を見ている時、なぜか僕は心臓がかなり感覚の近くにやってきている、そんな感じがした。


 もし、ここにあのりすが本当にやって来るなら。


「来いっ……!」


 少々の賭けだ。ここに来る。そこを


 そして、その時。

 何か見えない空気みたいなものが僕の周りに渦巻き出した。

 と、思った瞬間。

 それはぐるぐる回りながら収束しーーーー

 この袋の中に入っていった。


「……よし」


 成功した。溜息がつい、漏れた。

 無機物だけで作られた、袋が動き出した。


 バタバダバダバタバダバタババタバタバタタダバ!!


「なっ……!なんだこれ……!!!おい!!」

「来たか、ののの」

 動いている袋が

「てめぇ!!真白ォ!何しやがったんだ!おい!!」

「ようこそ、僕の家へ」

「おい、答えろ!!ゆるさねぇぞ!!」

「お茶でも飲むかい?」

 ババタバタバタタダバ!!

「焦るなよ、ののの」

「……ッ!」

「お前はそこから抜けられないよ」

「……なんでだ?」

「これが俺の使った呪術だから」

「呪術?お前、巫女にでも転職か?」

「なんで、女なんだよ……僕は」


 神降ろし、というものがある。

 その名の通り、神を降ろす儀式だ。

 これは少し違う。

 これは呪術だ。

 そして、降ろすわけではなく、ただ漂う幽霊を無理やり具現化して捕まえる。


「なんだよ、それ」

「はっきり言えば、ののの、お前のための罠だよ」

「……くっそ。ははは。まんまと引っかかったわけか。馬鹿らしいな、俺も」

「急ごしらえだから、手と足を区別せずに作らなかった。だいぶ不自由だろう?これは意地悪じゃなくて、急いでいたからなんだけど」

「ネットで調べたのか?」

「いや、古い自分の記憶に聞いてみただけさ、覚えてるもんだな」

「よく知らんが、変な世界に足突っ込んでたんだな」

「あぁ、昔の話だ」


 彼は黙った。だから僕もしばらく黙っていた。

 夜が更けていった。


「死にたいか?」

 僕は尋ねた。

 閉じ込められて。人間を殺そうと化けて現れるつもりが、こんなしょうもない砂袋に詰められて。死にたいというやつはそうそういないだろう。


「……あぁ、殺してくれ」


 だから、その答えは意外だった。

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