第11話



      ******


 トン、トン、トン、

 重い足取りで階段を降りる僕たち。

 天国の階段の踊り場は相当高い位置にあったようで、降りるにもまた途方もない時間がかかっていた。


「ほんと。怖いですね」

「本当に怖いですか?」


 僕は聞いた。


「……」


 彼女は苦笑いを浮かべた。


「いや、分かんないです。正直ただの幽霊だから」

 それより怖いものを私はいっぱい知ってます。


 笑う空気では無かったけど、なんだか、僕も笑いたくなった。


「……そうですね。そうかもしれません」


 僕らはかなりの時間をかけて、学校の屋上に降りた。


「もうすっかり暗くなっちゃいましたね……」


 総務は周りを見渡して言った。


「そうですね、星が綺麗きれいですよ」


 僕は空を指差した。


「ほら、あの星とか、特に」

「あの星、すごい輝いてますね」


 明らかに一等星よりも強い光だった。

 僕はそれを見て、綺麗だな、としか思わなかった。

 しかし、総務は違った。


「うーん……」


 顔を俯けながら、何か必死に考える総務。

 そんな姿の総務。可愛いなぁ。でも、それ空見えないよ? あ、見てないのか。

「ほら、あの星とかも綺麗ですよ」って言いづらいな……。上見てないし。


「あっ!」


 総務が顔をあげた。

 僕は尋ねた。


「どうしました?」

「思い出しました!あの星です!あの星、ペテルギウスって名前なんです!この前、爆発したばかりなんですよ!」


 少し興奮ぎみに語る彼女におののきつつ、僕は聞いた。


「爆発?星がですか?」

「はい!天体の星って寿命を迎えると最後に一番大きな爆発を起こすんですよね。太陽まではいかないですけど、すごく強いエネルギーなんですよ。音はきっと届かないけど、ここまで光は届くんですよ。本当に2.3日前に爆発した光がようやく観測されたってニュースがあったんですよ!知りませんか、ペテルギウス?」


 総務はとても強く聞いてきた。


「いや、ごめんなさい。あまり詳しくなくて」

「そうですか……」

「でも、総務って詳しいんですね」

「はい! 好きなんですよ、こういうの!」


 彼女は胸を張って強く頷いた。



 ペテルギウス……。僕はあまりそういうのに詳しくないから、きっと知らない名前なんだろうけど……。なんだか胸に引っかかっている。なんでだろう……。あまり、他人の気がしない。星なのに。



 しかし、最後まで胸のもやもやは晴れなかった。



「あなたのお家に泊まっていいですか?」


 彼女は突然言った。

 びっくりした。なんでだろうか。

 だから、そのまま言ってみた。


「突然ですね。びっくりしました。なんでですか?」

「水乃くんって時々思ったことをそのまま口にしますよね」


 ぇえええええ!!!読まれた!?マジでかっ!?


 そんな僕の心の動揺を無視して総務は続けた。


「多分、今夜、りすののののさんがやって来ますよ」

「あぁ、なるほど。……それで?」

「……」

「どうしました総務?お茶菓子とかウチにないんですけど、どうしましょう?コンビニとかやってるかなぁ?」

「……」


 総務は遠くを見ていた。何かあったのか?大丈夫かな?


「来客とか久しぶりすぎるな……。飲み物は……あー、水じゃダメだよな……。やっぱり麦茶か緑茶は準備しないと、急須あったかな……、総務?」

「………水乃くん……分かってますよね?私の言いたいこと」

「分かってますよ!そりゃもちろん。独りが怖いんですよね?」


 分かってますよ。それくらい。


「え、えぇ、そうです。独りが怖いんです」

「そりゃ、化けて出るって言いましたもん、あいつ」


 りすの幽霊に何ができるかは分からない。けれど、こちらが寝ている隙に、忍び込んでくるのかもしれないもしかしたら、ほんとに殺しにくるかもしれない。


 あの時、彼はそれぐらいの狂気をまとっていたから。


「なんでそこまでわかってて、今元気なんですか……」

「いや、僕も、怖いんですよ。さっき」

 総務は黙った。何のことかわかったようだ。

 

 はっきりとは言えないけれど、あの時、に引っ張り上げられていたら。

 僕は死んでいたんだと思う。

 

「真白君。大丈夫ですか」

「それも含めてのカラ元気ですからね」

 

 僕らは僕の家に向かった。



      ******



「ここが真白さんの家ですか」

「はい、ただのアパートです」


 そこには僕の住むただのアパートがあった。築50年の二階建てのオンボロアパートである。周りに古い石垣が覆われている。壁は錆びた鉄やトタンの色。屋根の色は白。ペンキで安上がりで済まそうとしたことが、誰にでも一発で分かるような、この夜でも見える白さをしていた。

 部屋は1階2階それぞれ3部屋ずつ。


「で、真白くんの部屋はどこですか?」

「2階の一番奥の2ー3です」

「遠いですね、そこしか無かったんですか?」


 僕は首をかしげながら、答えた。


「うーん。他の部屋に人が住んでるのかは全く知らないんですよね。人の気配しないし、音もないから、ここ選んだんですよ」

「えっ。一人ですか。怖くないですか」

「ここなら、確実にのののは来ますね」

「え、来るんですか」

「大丈夫です、総務」


 僕は総務の目を見ていった。


「僕に案があります」


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