第10話 ? に


 ぶちっ!!ぶちぶちぶちぶち!!


 何かが弾けるような、千切れるような音がした。

 しかし、血も臓器もない。音に似合わず、見苦しい場面は何も無かった。それは当たり前だ。もう死んでいる幽霊なのだから。


 総務の両手が煙から出てきた。

 りすの幽霊は前足と後ろ足の真ん中で離れ離れになっていた。



 りすの目が見開いた。



 い、いいいい、いたぃいいいいいいいいいい!!!!あぁ!ああああ!!!死ぬぅうううう!!!やァアアアアア!!!!!ヴッ!うわぁああああああ!!!死にたくないぃいいいい!!

 痛いよ痛い痛いだいだいいだいいいいいいい!!た、た、た、た、す…ガッ!!ァアアアアア!!!


 りすは叫んだ。

 今度は煙にならなかった

 どんどん溶けていったのだ。


「やめてくれ!まだ心の準備が出来てないんだ!!おい女!!」


 少しだけ落ち着いたりすの懇願。


「逆に聞きますけど?」


 総務は言った。


「あなた、この世界の死んだ人間の何割がもう死ぬことが分かって死ねたと思いますか?」


「っ…!!」


 りすは、声を詰まらせた。


「あなたは分かって死ねるのですよ」


 彼女の目に狂気は無かった。純粋な意思を固めた目をしていた。


「私が救うのです」


 だけど、きっと、僕にはなによりも狂気的に見えた。


 りすは叫んだ。


「オレは誰にも救われないことで!初めて!!俺は救われない哀れな存在だと!それがわかったなら!!!オレは改めて!!!!!」


「だから!!!!!」


 りすは形を取り戻した。

 彼の眼は赤く染まっていた。幽霊の体に血が通っているようだった。


「やることを、思い出したよ。あの俺を捨てた女どもに復讐だ……」


 彼の呼吸が荒い。


「だが! その前に! おい女! そして、真白! 化けて出てやるからな! 次会った時にお前たちを殺す!」


 すごいスピードで階段の踊り場から消えていった。

 あれは地上に降りたということだ。


「あー。失敗しましたね、水乃くん」

「総務が無茶するからですよ」


 平然を装って、笑って返そうとしたが、顔が固まっていた。

 先ほどから一気に物事が起こりすぎて、頭がパンクしていた。

 顔を見合わせれば、彼女も同じような顔をしていた。

 恐怖を貼り付けられたかのような表情。先ほどの狂気が嘘のようだ。


「でも、だって。もう一度殺すとなれば、と思って、覚悟してたんですよ……」


 総務は絞り出した声はこれだけだった。


 彼は生きる意味を見出したから、だから天国の階段まで来て、いや、ここにきたからこそ、死ねなくなった。


 代わりに本物の地縛霊だ。


 僕は反射的にあの渡り鳥の姿を思い出した。


 死ぬ意味を見出した渡り鳥。


 どうして、僕の関わることは毎回狂ったようなものなんだ。

 死ぬなら1人で死んでくれ。



 また、ふたりに沈黙が続きそうだったので、

「総務、階段を下りましょう」

 とりあえず、動き出すことにした。



 どうするかはまたあとで考えることにした。

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