第7話 love?


 渡り鳥とは別の依頼。それは女から頼まれたのだ。

 一言でいえば、渡り鳥を殺してほしい、ということ。

 今回の依頼はもともと女に頼まれていた。僕は全部知っていた。聞かされたと言ってもいい。


 女が首の死体を欲していること。

 渡り鳥が女に恋をしていること。

 女にとって渡り鳥が邪魔であること。

 渡り鳥は女に死んで首をさしだせるほど愛していたこと。


 それを女は知っていたこと。

 そして、こと。


「せめてもつもりで、あの鳥の意思に沿わせてあげたのよ」


 女はつくづく申し訳なさそうに言った。


 先に彼女から頼まれていたが、自発的に渡り鳥は自分から僕に頼んできた。だけどそれはきっと、渡り鳥なら死ぬだろうと彼女が遠回しに動いたからだろう、何てことも考えた。この推察が正しいかを確認する方法はない。


「渡り鳥の死は渡り鳥の望み通りだったんすかね?」


「そうにきまってるわよ。だって私の望みが首だったんでしょ?」

「そうすね」

「なら、そうなるんじゃない?」


  僕は二つ目のウイスキーボンボンを口に入れた。


「ほんとに死ぬ以外に選択なかったんですかね」


 なぜか無性に聞きたくなった。口の中が甘いうちに聞いた。


「さぁ」


 女はめんどくさそうに会話を切った。

「死んだからもうどうでもいいでしょう」

「まぁ、そんなもんですね。そんなもんにしておきます」


 そう答えた。けれどなんだか胸の中に収まらない。もっと聞きたい気持ちに僕は嘘をついて、女の後ろに居る後ろの男に別の質問を尋ねた。


「いいんですか。こんな彼女で」

「あはは。でも、僕は好きなってしまったんだから。仕方がないかもしれない。それを幸せと呼ぶのかもね」


 男は軽やかに笑った。女もそれに合わせて笑った。


 こいつら狂ってんな。はさすがに言葉にしなかった。


「僕には理解できません。やっぱり」


 僕は代わりに小さな声で答えた。空気に溶け込むように。


 全くもってあいつの言う通りだ。考え直しても、言うことなんて全部分かるわけないのだ。どうせ僕には分からない。何故死を愛と簡単に片付けてしまうのか。


 女には聞こえていたらしい。

「でも、恋は狂ってないとできないのよ。あの鳥が教えてくれたじゃない」

 女は不敵に笑った。



 どいつもこいつも形式でやってるだけだ。それぞれがそれぞれを演じることで、自分の思う「自分らしい」自分になった気になって、演じて、満足してるだけだ。こんな茶番に胸を痛めることを悲しむことも間違っている。僕を巻き込む必要なんかなくとも、完結できた物語だったのに。わざわざ観客の僕を巻き込むとは、役者どもも飛んだ大根役者ばかりだ。くそったれ。



 でも何に向かって言えばいいのか、なぜ僕はこう考えるのかは、分からないままで。


「じゃあ、僕はこれで。こんな依頼はもうしないでくださいね」

「はいはい」

「じゃあ気をつけて」

「あ、ちょっと待って」


 僕は彼女を見た。彼女は僕をみて言った。


「これは言っておきたかったの。私はあなた巻き込むことも計算の内よ。あなたはちゃんと動く子だから」


 言葉に詰まった。


「あなたが私たちをどう思うかはさておき、あなたもなかなか狂気の人よ?」

 自分だけ高みにいると思ったら大間違いよ?


 そのあとは笑うだけだった。


「僕ってそんな顔に感情でてますか?」


 見透かされたのでそれには答えず疑問で返した。重ねて返した。自分の動揺を隠すように。


「あなたは愛するその隣の人の首は欲しくないんですか」


 意趣返し、のつもりだった。


「うーん。でも、彼のは要らないかな。私は彼を愛してるもの」


 彼と彼女は笑った。


「それは何故ですか?あんだけ渡り鳥の首を求めたくせに」

「愛は私を変えるものなのね、ふふ。初めて理解したの。素敵じゃない?」


 すでに口から消えたはずのウイスキーの、その苦さだけが舌の上に残っていた。


「あなたはあの鳥に恋をしなかったんですか」


 何故か僕の声は大きくなった。怒ってるつもりはなかった。

 用は終わりだ、と言わんばかりに彼女はドアに向かって歩き出しながら、



 あはっ。おかしいことを言うのね。あなた。人間が鳥に恋するわけないじゃないの。



      ******



 残るのは愛の残骸と僕だけ。片づけまでが僕の仕事だった。


 早く帰りたかった。帰る居場所なんて、安らぐ家なんてないけれど。

 あいつはもしかしたら、僕が男だということに最初から気づいていたのかもしれない。今更ながらふと思った。


 血の匂いとチョコの味と、ウイスキーの酔いが、妙にミスマッチしていて、僕には不快だった。

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