第6話 the




       ******



 しばらく僕は目の前の鳥の死体を見ていた。部屋中に血の匂いが漂っていた。

 

 突然、僕の後ろから物音がした。


 ドアが開く音だ。それに続く足音。そして、若い女の声。


「お疲れ様。依頼を受けてくれてありがとうね」

「はぁー。疲れた。あ、どうも。本当に疲れた」


 人がやってきて初めて本当に疲れたのだと実感した。


 今日はもう早く帰りたい。体の先端の感覚がない。まぶたも重たいし、なにより疲れた。朝になるまでこの空っぽの酒を入れて眠らないままこの記憶だけをすり減らしたい。時間の感覚が麻痺した状態で眠りたい。

 思ったよりも渡り鳥の自殺幇助じさつほうじょは心にきているようだ。


「ほんと、ごめんなさいねぇ」


 女が分かりやすすぎるシナを作った声で謝った。

 多分感情は大してこもってない。でも言わなくてはならないから言っておいた、そんな感じだろう。この女も。


「ほんとに、死ぬもんなんですね」


 せめて僕は感想だけ言った。そして、ふたつめのウイスキーボンボンを食べよう

と袋をとりだした。


「だめよ、そんな汚れたままの手で食べては」


 女が声をかけて、タオルを渡して、僕は気づいた。

 僕の手は血で真っ赤だった。


「あ、ほんとだ。この作業が一番きつかったんですよ。首がちぎりにくかった」

 渡り鳥にも言われましたから

 と、振り返ったところで言葉を切った。


 見たことのない男が女の側にいた。

 僕はおとなしくタオルをもらって血を拭いた。タオルが濡れていたので安心した。タオルが真っ赤に染まることがやけに他人事に思えた。


 またしばらく沈黙が続いた。僕はタオルで血を拭き、床は血を広げていった。

 さっきとは違う沈黙で、それもまた僕には不快だった。

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