第16話 魔方陣の中心で。
次はあれじゃ、淳平は自慢げにメリーゴーランドを指さした。そこにもご丁寧なことに、ゴマのような豆電球が山ほど振りかけてあった。
「あんなもん、いったいどこから調達してきたのよ」
駅前の電気屋さんの倉庫を調べてみても、ここまで大量の豆電球があるはずもなく、それからすれば、きっと淳平はどこかでかすめ取ってきたに違いない。なんだか犯罪のにおいがした。
すぐそばにある淳平の腕に鼻先を近づけて、くんくんなどといいながらにおいをかいでやった。
「クリスマスになると、大きなツリーがここに立ってたやろ」
「うんうん、あったあった」
「あの飾りを失敬してきたんや」
「そんなことをしてもいいの。公務員でいられなくなるよ」
「大丈夫や。今やおれはこの村の青年団長や。たいていのことは許される」
こんなやつが何人も村にいたんでは、村存続の危機である。
「はよう乗れ、A子」
淳平が背中を押した。
「大丈夫? ほんとに動くの」
「試運転したから、問題ない」
はっきり言って、あまり気が進まなかった。なんとなくいやな予感がしたし、まさか爆発することはないだろうけど、機械にかみつかれるおそれは十分にあった。
「ほら、はよう乗れ」
やつはあまりにも強引で、人のことなどまるで考えない――だけど淳平ってこんなやつだっただろうか、私の違和感はどんどん強くなっていく。
「よっしゃええぞ。動きだしたら馬車の上から、下駄を放り投げてみろ」
なにが目的なのかはよくわからなかったが、淳平はどこまでも過去の遊びを再現しようとしている。ありがた迷惑のような気もしたんだけど、とにかく私はおとなしく淳平に従った。
「ええぞ、スタートや」
大きな声で淳平が合図をした。それと同時にあちこちからおかしな音が聞こえてくる。がらがらごうごう――こりは、あまりにもうるさすぎる。
「帰ってきたシンデレラは、馬車の上から真っ赤な鼻緒の下駄を投げ捨てる、なかなかええ感じや。NHKでもこんな手の込んだことはせんやろ、ざまあみさらせじゃ」
ばかばかしい――とは言いながらも、ドラマ仕立ては都会ではついぞ味わえなかった贅沢であったのは、事実である。こうなったらガソリンのにおいとともに、円盤の上をゆっくりと回ってみるのもおもしろいかもしれない、と思い直した。
ダンプカーがそばを駆け抜けていくような爆音が、お尻の下にある。しかも体は上下に激しく揺れて、魔方陣の中央でようやくメリーゴーラウンドが蘇った。真ん中の円柱には鏡が張りつけられてあり、豆電球の明かりがそれを目指して集まってくる。黒い画用紙の上に、絵の具を散らしたかのような空間がそこにはあった。
「A子、いよいよや。下駄を放り投げてみろ」
淳平のやつは円盤の上に乗ろうとはせず、メリーゴーラウンドの周囲を懸命に走っていた。
「すごいすごい。淳平、こんなのって初めてだよ」
手を振りながら、大きな声を出した。淳平は必死な形相で馬車を追いかけてくる。私はやつから懸命に逃げるしかなかった。回るものに終点はなかったし、感覚的には元に戻るとはとても思えなくて、このまま行くとどこかへ連れて行かれそうな気がして、むやみやたらと怖くて、そのくせどうにかなりそうなほどわくわくした。
「ほらほらほら、早く投げんかい」
淳平の叫び声が合図になった。私は腰を浮かせて下駄を脱ぎ、それを手にとって頭上に大きく振り上げた。
「いくよ、淳平、拾ってこい」
やつに向かって下駄を投げつける。ところが狙いはずいぶん逸れて、象の長い鼻に当たって、それからキリンの足もとに転がった。
「早く早く、キリンに盗られちゃうよ」
「わかった。誰がキリンなんかに負けるもんか」
淳平はがんばってはいたが、苦戦中である。どうも思うようにはいかないらしい。
「こっちまでおいでよ。そんなところからじゃ、とても届かないよ」
どうもやつの動きは鈍かった。
「おれはぐるぐる回るもんは、あんまり好きやない」
「怖いのか、淳平」
ひときわ大きな声で私は叫び声をあげた。
「怖くなんてないわい」
負けじと淳平もやり返した。
「それならこっちへ来てみろよ」
「ようし、行ったるわい。そのかわり、どうなっても知らんからな」
先にいっとくけど、私のほうがもっと知らないからね。
やつは勢いよく飛び上がり、円盤に乗り込んだまではよかったが、そのあとキリンにつかまったままで動けなくなってしまう。
「なによその格好、腰が引けてるよ」
とにかく一、二分、メリーゴーラウンドが止まるまで、淳平の体はそのままの体勢を保ち続けた。しかも情けないことに、真っ青な顔をしながら全身を小刻みに震わせている。
「あぁあ、だめなやつ、そんなことだから健次や辰男にいつも先を越されるんだよ」
ため息をつきながら、私はやつのことをひどくなじってやった。どうやら淳平はそれが気に入らなかったらしく、むすっとしたままで足もとの下駄さえも拾おうとはしなかった。
「なにぃしてるのよ。早くガラスの靴をはかせてよ」
「そんなもん、自分で拾って履け」
やつはいきなりの捨てぜりふ、円盤からおりて発電機のほうに向かって歩き出した。私は仕方なく、自分で下駄を拾ってあわてて淳平のあとを追いかけた。
「ごめんごめん、ちょっと言いすぎた。いまだに昔の調子が抜けないみたい」
それにしても、難しいやつだ。
私はしおらしい態度で淳平の機嫌をとり続けた。なのに淳平は後片付けの手を止めることもなく、さっさと発電機のエンジンを停止させる。そのとたん、先ほどまでうるさいほど騒いでいた空間が、何事もなかったかのようにひっそりと闇の中にとけ込んだ。そこらじゅうにあった電気の星だって跡形もなく消えてしまい、なんだかそれがすごく寂しくなったもんだから、淳平の顔をにらみつけてやったんだけど、あいつはそんな抗議に対してもまったくの無視を決め込んだ。
「これだけ謝ってるんだからさ、もう許してよ。ねっ、淳平」
しゃがんでいる淳平のそばに近づいて、やつの肩に手を置いた。それでようやく淳平は顔を上げてこちらを向いた。だけど私はそこではっとした。やつの視線はどきっとするほど真剣なもので、どうやら私にしても、顔からふざけた笑いを消すしか仕方がない。
「ごめんね」
もう一度謝った。それでも私にはなぜ、淳平が急に怒りだしたのか、そこんところがまったくわかってはいなかった――これって、単なる遊びじゃなかったのか?
「いや、おれのほうこそ悪かったわ」
確かに、私もそうだと思う。
「ちょっと熱ぅなりすぎた」
淳平の低い声は闇間を漂う虫のようで、すぐにも消え入りそうな気がして、私はあわてて耳をそばだてた。
「きょうは本当にありがとうございました」
間が持ちそうになかったので、改まって頭を下げた。淳平にしたって素直な態度を見せてくれたわけだし、そうなると、私もやっぱり悪かったと反省するしかない。いくら幼なじみでも、最近はほとんど会うこともなかったわけだから、あんまりひどい言いようはよくなかったと思うし、あれではまるで淳平は犬扱いだった。
「夕方ね、淳平がいきなり私の前に現れて、なんだかおかしな感じがしたの。あのころの淳平が、私の記憶の中から飛び出してきたっていうのか――とにかく、少し悪のりしすぎたみたい。あれじゃあ誰だって怒るよね」
私はしおらしい態度を見せながらも、やつの顔色を慎重にうかがった。
「なにをいうとるんじゃ。そんなんやないわい。おれはA子のげたを拾いたかった。お前の生意気な口も嫌いやない。気にすんな」
そんなことをいいながら、淳平はいきなり立ち上がった。
「じゃあ、いったいなにが気に入らないのよ」
まったく理解できないやつ。
「そんなことはもうええわい。それより次じゃ、メーンプログラムが待っとるぞ」
まだ続きがあるの――正直なところ、うんざりした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます