第10話 パンツを買え。

 こうなると少年たちはまた三人より固まって、知恵を絞る以外に私を説得するすべを所持していない。

 しばらく待つとようやく結論が出たらしく、三人そろって私の前でおじぎをした。

『パンパカパーン』

 辰男のやつが調子をこいて、奇声をあげる。次に健次が一歩前に進み出た。

『おれたちの店は、今からバーゲンセールを行うことにした』

 まったく意味がわからない。

『なによそれ』

『バーゲンセールというのはな、ふだんよりも安く商品を売ることができるんや』

『それで――』

『そやから、おれたちは今、穿いてるパンツを五円で売る』

『高い』

 本当なら、ただでもいらないくらいだ。

 そんな私の態度を見て、また三人は集まって協議をし始めた。今度はすぐに意見がまとまったらしく、勢い込んで私のそばに戻ってきた。

『きょうは出血大サービスの日になった。ただでええ。こんなことは珍しいねんでぇ。感謝することや』

 どうやら少年たちは、どうあっても自分のパンツを私に売りつけたいらしい。しかたなく、店員とお客さんの役を交代した。

『いらっしゃいませ。奥さん、きょうはいつにもましてお美しい』

 辰男のやつだ。

『A子、好きなやつのパンツを買え』

 健次はあまりにも強引だった。しかも彼らは私が前に立つと、のどの奥からおかしな音を鳴らすのだから、始末が悪い。

『パンツなんか、いらないもん』

 私は最後の抵抗を試みた。

『あかんぞ、これは約束や。破ったら、もう二度とA子とは遊んだらへん』

 脅迫としか思えなかったが、彼らの目は真剣そのもので、幼い私はようやく覚悟を決めて、やつらのパンツを手にとる決心をした。

『じゃあ、みんな一斉にパンツを脱いで、ここへ並べてよ』

 ベニヤ板の上からいびつな石を取り除き、やつらの前まで引きずって行く。

『一斉になんて、あかん。順番を決めるべきや。でないと承知せん』

 健次のやつが、いつまでも食い下がってくる。

『そしたら、もういい。健ちゃんたちが遊んでくれないって、お母さんに言いつけるもん』

 そのことばでようやく健次も納得し、彼らは私の前でズボンをさげた。しかも下着に手をかけてからも、まったくのためらいを見せず、一気にパンツを脱ぎ、それを右手に持って頭上で大きく振り回した。

 今から思えば、ひどくまぬけな格好だったと記憶している。ただし問題なのはその態度のほうではなくて、明らかに別の部分である。左手は股間に添えられてあったが、指のすき間からは、おかしなものがのぞいていた。

『エッチ』

 私はその場でうずくまって、両手で顔を隠して泣きだした。すると少年たちは、あわててこちらに近づいてくる。

『だめだめ、そんな格好でこっちへ来ないでよ』

 下半身丸出しの男たちに近寄られるのは、幼い私でさえもさすがに抵抗があった。

『悪かった。もう泣くな、A子』

 三人は情けない顔をしながら、遠巻きにこちらを眺めていた。

『早くパンツをそこへ置いてよ』

 私は泣きながらも、懸命に大声を出した。それを聞いた彼らは、すごすごとベニヤ板の上にパンツを置き、両手で股間をかばいながら、また元の位置に戻って行く。彼らの行動を逐一、確認したあと、私は首からさげたおもちゃのバッグを手元に引き寄せた。そこからサインペンを取り出したあと、キャップを外してベニヤ板のそばに近づいた。

 その場にしゃがんで、彼らのパンツにペンを走らせる。〈けんじはらんぼうもの〉〈たつおはええかっこしい〉〈じゅんぺいはむっつりスケベ〉書き終えたあと、三枚のパンツを一カ所に集め、親指と人さし指でそれをつまんで持ち上げる。そのまま橋の上へと駆け出した。

『A子、なにをするつもりや』

 少年たちの呼ぶ声が背後から聞こえてくる。走りながらも、彼らが私を追いかけてくるのがわかった。それでも私は振り返ろうとはしなかった。橋の上に到着すると、ようやく足を止め、乗り出すようにしながら下をのぞいた。

『どうするつもりなんや』

 健次が私のすぐそばで、わめいている。

『ここから川に流すの』

『なんでそんなもったいないことをするんや。そのパンツはまだまだ使えるでぇ』

 私にはどうせ、使い道なんてあるはずがない。

『精霊流しみたいにするの』

『けど、せっかくのパンツやし、三枚もあるんやし――』

 辰男のことばは意味不明だった。

『ここに書いてあるのはみんなの欠点やから、これから努力して直してほしいの』

 三人は納得して、私の周りを取り囲んだ。私は指先にあるおぞましい三枚のパンツを振りかざし、橋の上からめいっぱいの力でほうり投げた。白い布は羽ばたくこともなく、あっさりと流れの中に飲み込まれた。三人の少年たちはぼう然とした面持ちで、自ら履き古したパンツを見送っている。おぞましい白い布が視界から消え失せたとたん、私はようやく落ち着いた。だけど彼らの股間には、問題が残ったままだ。

『その格好を、早くなんとかしてよ』

 私のことばで彼らはわれに返り、あわてて河原におりてズボンに足を通した。

 というわけで、多少の不満はあったにせよ。村で唯一の風俗店はこうして無事に、閉店した。

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