第二十二和 改めて考えると、私にはお友達が少ない…。


「いやな、沼田の野郎が、鯉は敬遠されがちだが、実はうまいんだって広めたいとか言ってな。場所を借りたいらしい。だから、お前ら今日仕事ないよ」

「えぇ!? え、じゃぁ、今から帰れって言うんですか!?」


 何時もの事ですが、あまりに唐突過ぎます。無いなら無いで早く言ってほしいものなのですが。それなら莉子ちゃんと出かけるなり、図書館に行くなりしていたというのに。全くもってここまで来る無駄な労と時間を割いてしまいました。


「なにもそうは言って無い。帰りたきゃ帰ってもいいけど、魚料理ただで振る舞ってくれるらしいし、常連の連中やら近所の連中やら集めてるから、ちょっとした宴会だよ。俺らはタダ食いできるんだからそう怒るなって」

「えぇ……じゃぁ、一人だけ友達を招待したいんですけど、いいですか?」

「おぉ、一人くらいならいいぞ。一応定員の二割増しくらいの人数に連絡取ったが、おそらく全員は集まれないだろうからな」


 なんだか腑に落ちないですが、まぁ懇親会に来たと思って我慢しましょう。

定員が何人に設定してあるか知りませんが、このお店使うくらいだから五、六十人程度は恐らく呼ぶのでしょう。それくらいでないと、鯉料理のお披露目にもなりませんし。

 しかしながら疑問なのが、こんな金髪さんに果たしてそこまでのご友人がいるのでしょうか? 第一、この人はこんなだから忘れそうですが、金髪さんの年齢層なら皆さん立派な社会人なんじゃ……いや、なんだか中途半端なバンドマンやバイク乗りの友人が居そうかも。


「社会人はそりゃ学生じゃないんですから、前日や当日に呼び出されても来られる訳無いじゃないですか。普通の社会人は店長みたいな適当なことしていられる立場の人ばかりじゃないんですよ?」

「……お前、実は俺が嫌いだろ」

「あら、聡明ですね」

「褒めているようでそれ全然褒めてないからな?」


 金髪さんにしては良い所に気が付きました。しかし、これで誰も来なかったらシュールどころではないですね。さすがの私も泣いてしまいそうです。


「ふふん、仕方がないですねぇ。一般参加の費用はおいくらです? 私が一肌脱いで呼びかけてあげてもいいですよ?」

「お前、友達五人以上いなさそうだからいいや」

「酷い!」


 最低! っと叫びそうになりましたが、よくよく考えてみると確かに友達が居ませんでした……知り合いはいますが、それに友人はいても皆さん地元ですし……。


 とりあえず、親友の莉子ちゃんに電話をかけてみましたが、残念ながらお仕事中のようです。

 残念、食費浮かせるチャンスだったでしょうに。余りものがあれば、後で一包頂いて莉子ちゃんの家で夕飯を共に食べるとしましょう。


「で、駄目だったろ?」

「そのザマァと言いたげな満面の笑みやめてください」

「まぁいいや。とりあえず沼田の手伝いするぞ。米田稲穂が差しいれに米持ってきたし」


 誰ですか米田さん。なんだかすごくお米作っているアピールの強い名前ですが。超絶熱血テニスプレイヤーのあの人がすごく喜びそうな名前なんですが。


「あ、米田は沼田と同じ商店街の米屋の跡取り息子だ。この前あそこのオヤジがぎっくり腰やってな」


 そんなご近所トークいらないです。

 店に入ると、金髪さんはコシヒカリさんもとい魚沼さんの指示を受けるまでもなくテキパキと働き、まるで有能でまともな従業員かのような錯覚を受けます。魚の三枚おろしなど、意外に手際が良く、料理の基礎が完全にできているようでした。


 私はというと、お米を研いで炊く作業や、会場のセット、谷内田君は待ち時間も寛いでもらえるようにコーヒーを今日だけ無料サービスしている。


「悪いね芳美ちゃん。手伝いまでさせちまってよぉ」


 魚沼さんは威勢のいい声をかけてきます。元漁師だったそうで、かなりの筋肉質なごつい男性です。しかし、昨今の漁業事情を存じませんが、普通機械で網とかって引き上げられるんですよね? どこにここまで鍛える必要、また鍛えられる要素があったんでしょうか。葛船か何かで沖へ出ては投網を投げて、全部人力で漁でもすればこうなるのでしょうか?


「いえいえ、お気になさらず。指示された作業はもうすぐ一通り終わりますから」

「そうかい、手際がいいねぇ。いい嫁さんになるよ」

「え!? えへ、そ、そうですかぁ?」


 そうやって若い子や奥様方をそそのかして魚を売りつけるわけですね。全く商売がお上手ですこと。チョウチンアンコウも目を見張る一本釣りですよ。


「金髪にーちゃんに嫁ぐかい? 案外器量よしの」

「あ、冗談でもやめてください。本気で傷つきますんで」


 前言撤回。詰めが甘い。最後の最後で糸が切れちゃいました。


「……本気で傷つくのこっちだからな? お前ら雑談はいいけど、こっちに流れ弾飛ばすなよめちゃくちゃ心臓に食い込んでっからな?」

「わ、悪ぃな金髪にーちゃん。俺ぁてっきり」

「まじでやめてくれ沼田のオヤジ。そいつ人のメンタル抉る時シャレにならないほど怖いから。そいつツンデレっぽく見せて一切デレ要素ないから。マジツンドラだから」

「お……おぅ?」


 ジェネレーションギャップですね。魚沼さんはまるで言葉の意味が分からないご様子。ツンドラも大概失礼ですが、デレたこともないのにツンデレ扱いする人はいかがなものでしょう。


「まったく。失敬な」


 昨今言葉が一般社会にも広がりを見せていますが、アニメにしても芸能界にしても、デレを見せたこともない人物にまで不用意にツンデレと敬称をつけたがるこの現状に私は警鐘を鳴らしたいものです。

 ただ、言葉を使いたいだけのミーハーが増えて、ツンデレという言葉一つで抱くイメージに広がりを持ちすぎるせいで、前までツーカーよろしく一言で意思伝達できた便利な単語が、今や都度説明を強いられるようになった現状は、全く持って嘆かわしいものです。

 まぁ、元々の言葉に定義がないので是非もないことですが……。


 それに、ツンデレってのは莉子ちゃんのような人を言うんですよ。

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