第二十三和 若者らしいことを、少しはしてもみたいのです。


 大学に入学して二月余りが過ぎました。

 一月経っても履修や、健康診断、大学の施設を覚え、サークル勧誘、バイト関連etc……と、言う具合で気が付けばあっという間に過ぎ、いまだになれたと言いきれない有様は続きます。


 私と莉子ちゃんはカフェテリア、と言っても軽食とドリンク、コーヒー類を売る小さなお店が大学側によって併設されているだけの、持ち込み自由の休憩席エリアでの雑談が日課になりつつあります。

 私はどんくさいせいもあってか、いまだにこんなですが、莉子ちゃんはというと早くも慣れたのか、バイトで忙しいにもかかわらずサークルを始めたとのことです。


「芳美、サークルはどうするの? せっかくだからどこかしら興味ある所に行ってみたら? 書道部とかあるじゃん」

「いやぁ、書道は好きでやってたわけじゃないし、茶道や華道部があっても同じく入らないかな……」

「じゃぁどうすんのよ。あんた、運動なんてしないし出来ないじゃん」

「ちょ、ひどい! べ、別に得意ではないけど、できない訳じゃないんだから! 平均値ですよ! 平均値!」

「さいでー」


 莉子ちゃんは目を反らして渇いた笑みを浮かべます。鬼です、三十路手前の人が少しサバを読んだときに「はいはい解ってますよー」とでも棒読みするかのような酷い扱いを彼女はするのです。

 これでは、周囲に聞こえた際にまるで私が実はダメな子と思われかねません。これは非常に困りました。本当に、平均程度の運動神経はあるのです。莉子ちゃんが異様に良いから悪く見えるだけで。


「ほら、莉子ちゃんは運動神経良いから、なおさら悪く見えるんだってば。それを差し引いて考えれば平均的だよね? 私は」

「んー確かに。まぁでも、運動はたいてい別キャンパスでしょ? ものぐさなあんたがそこまでしてわざわざスポーツするの?」


 まぁ、かといって運動が好きかと問われればさして好きではありません。精々ニュースではやりの有名選手の名前と、野球やサッカーを少し知るぐらい。見るものというと、家族の団らんでよく流れる相撲くらいなものです。


「まぁ、しませんけどね~。でも、もう少し言い方考えようよ」

「あ、いやっ、ごめん!」


 莉子ちゃんは慌てて両手を合わせて頭を下げました。

 莉子ちゃんは、なんだかんだとからかうので、傍目にはちょっと嫌な人に映るかもしれません。しかし、本当に嫌なことはしないし、手違いでしたのならすぐにしっかりと謝ってくれます。


「別に気にしちゃいませんよーだ。でもまぁ、サークルはもう少ししたらでいいかな。軽音部が流行りって聞いて覗いてみたけど、琴や三味線はどうにも扱わせてもらえないそうだし」

「そりゃそうでしょうが……ってか、軽音が流行ったの事態数年前でしょ。今だ人気があるって言っても、流行とは言わないと思うわよ?」


 莉子ちゃんは額に指を当て、呆れてため息をつきました。そこまで的外れなことを言ったでしょうか? 琴は……まぁ、重いですが、三味線や尺八くらいなら簡単にも持ち運べると思うのですが。


「そうなの? ところで流行りって、何が基準なの?」

「いや……基準は無いと思うけどさ。こう、感覚? とかで知らぬ間に共有されている感じだから。だいたい、そんなこと言い出したら、常識だって何をもって常識とするかの尺土も違うのだし、考えるだけ無駄よ」


 なんだか追及しても答えに辿り付けない堂々巡りの問答になる気配がしますが、これも哲学のようなものと試しに深く掘り下げてみることにします。もちろん、からかわれた仕返しの意も込めて。


「あー馬鹿にしといて、答えに窮するとそうやって話を逸らすんだー」

「べ、別に反らしてないわよ! 流行り廃りも一般的な、私の交流関係で醸成された感覚とずれていたから指摘されただけで、別にあんたを否定しようとしたって訳じゃないもん……」

「あーよしよし、ごめんね~わかってるって。莉子ちゃんそんなひどくないもんね」

「なんか、無性に腹立つわね」


 ムッとするところが楽しくてしょうがない。


「ところで、ツンデレが~もんって語尾につけるとグッとかわいくなるよね」

「唐突にナンダ」

「いやね、こう、感覚的に共有される云々で、私もそう言えばつい最近そんな事を考えたなぁと思い出したんだよ。みんながツンデレって言葉を安易に使うから、もともと定義が無いせいで感覚の共有が曖昧だった人たちによって拡大解釈の連鎖が起って、今やキレる、暴力を振るうだけのバイオレンス乙女でもツンデレと呼ばれる時代になっちゃったのですよ」


 などと世俗の言葉の乱れを語ってみますが、現代っ子ぴっちぴち都会れでぃでぎゃるな莉子ちゃんは微塵も興味がなさそうで、目を半開きにして水筒のストローを加えて吸い上げます。というか、ぎゃるも何処からがぎゃるなのでしょうか。皮膚を火で炙ればいいのでしょうか? そういえば、焼き鏝で烙印を押された皮膚の色とも微妙に違うよね。


「あんたのそんなオタク事情知らんがな。だいたい、それってどう間違ってるの? 私もそんなイメージなんだけど」

「これが、世間と我々との差だというのか……とまぁこれは置いといて、そうだね。イメージの違いは、オタク=犯罪者予備軍って認識くらい間違っているかな」

「……それって、全然違ってるって言ってるのか、ちょっとしか違わないって言ってるのかさっぱりなんだけど……」

「あるぇー……おかしいなぁ……えっと、だいぶ違うんだけど、もしかして莉子ちゃん、私が犯罪者予備軍に見えていたり……?」


 聞いてから後悔しました。莉子ちゃんなら普通に肯定しそうで怖いです。さすがにそこまで言われると三時間くらい立ち直れないかも。


「いや、言うほどあんたもオタクらしいことってしてないでしょうが。いや、まぁあんたの趣味がどうあろうと私は気にしないけど。少なくとも、私は本人を見て決めるわよ。だって……ジャンルとか人が勝手に決めた括りなんかで決めつけられるの、私は嫌だから」

「あぁ~そ、そうだよね。さっすが莉子ちゃん。ところで、括りとかイメージで思い出したけど、莉子ちゃんも私のバイト先のことで心配してくれてありがとう」

「そんな改まって……当たり前でしょ。心配くらいするわよ」


 ふむ。有難いのだけれど、何か物足りない気がする。


「……そこはね……『べ、別にあんたのことなんて心配してないんだからねっ!』って言ってほしかったな~」

「あぁ?」

「ちょ、ガラ悪! 怖いって!」


 莉子ちゃんの方がよっぽどヤーさんみたいだよ! 相当ガラ悪いよ!?

もしかして、高校デビューして、私の知らない間にぎゃるになってしまったというの!?

 ま、今そうでなければいいんだけどね。というか、ぎゃるでれでぃーな莉子ちゃんは見てみたい気もする。そして、写真に収めて二年後くらいじっくり熟成させて歴史に黒味が増した頃合を見計らって見せつけたい。そして、真っ赤な莉子ちゃんをお持ち帰りしたい。


「でも、本当に安全なところだから安心してよ。居酒屋だからって忙しかったり変なお客さんしか来ないって訳じゃないし、ヤーさんと関わりあるみたいに勘違いしていたけど、そうじゃないし、そうだとしてもだからって括りで決めつけしちゃよくないんでしょ?」


 珍しく理論的な反論をしたためか、莉子ちゃんは「うっ」と小さく唸って一歩後ずさります。そして、しばらく腕組みして俯き、数秒後に口を開く。


「ま、まぁそうだけどさ……うん、わかった。でも、やっぱり心配だから近いうちに見に行くからね」

「ふっふふ~いらっしゃいな~」


 仕事の楽しみがまた一つ、増えましたとさ。


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