第二十一和 居酒屋ですが、あんまり居酒屋してない日が多かったりします。


 いよいよゴールデンウィークに入りました。

 花の大学生。淡く柔らかな新芽の時期は早々に終わりを告げ、いよいよ夏も始まりと一斉に生葉の芽吹きが始まる頃合いです。暦上でも夏に入る五月の始め、人と人との縁が薄そうな東京ですが、道中ですれ違う子供たちはまだ数日早いおもちゃの鯉のぼりを握りしめ、生きた風物詩の如く、私に端午の節句思わせます。


「何となく憧れで都会に出たはいいけれど、せっかくの休日も働き詰め私は、なんだか目指していたものとは違う気がする」


 なんて、道端に寝転がる猫に語りかけてみる。

 「貴公は猫であるか?」と尋ねれば「吾輩は猫である」くらいの返しが欲しいものだ。せっかく物珍しさを見に、楽しそうな不思議体験を求めに来たのに変哲のない日常だ。まぁ、そんな日常が何よりの贅沢であるといった言葉をよく耳にはするのだけれど。


 さてさて小汚い猫をじゃらして遊ぶのもほどほどに、回り道もほどほどに、やることもない残念な大学生っぷりから目をそらすのもほどほどに、ついに到着してしまった職場を眺めて苦笑い。これももちろん、ほどほどに。


「いやぁ、今日も相変わらず妖しい店だなぁ」

「あれ、芳美さん。まだ三十分も早いけど」


 店に向かってと言うのも失礼なので、壁を背にして道路に向かってため息をつくと、中から谷内田君が荷物を持って顔を出す。

 荷物は廃棄食品かな? なんか少し生臭い。


「あはは……いや、認めたくはないんだけどね……私、花の女子大生だというのに暇を持て余していたりしまして……はぁ」

「せっかく咲いているのに、蜂さんは来ない訳だ」

「……残念ながら」

「まぁ、悪い虫に寄り付かれるよりはいいんじゃない」

「そうだね……ありがとう」


 私は店に入ろうと手をかける。すると、谷内田君は思い出したように振り返る。


「今は店長いないから」

「あ、そうなんだ。また私?」

「いや、一時的。そろそろ帰ると思うけどね。ただ、今日の店長は別の人」

「……店長、日替わりせいなの……?」


 まぁいいか。入れば解る事だし、とりあえず扉を開けて……、


「こんばんわ~」

「ヘイ!! ラッシャァイ!!」


 えっと、


「……失礼しました」


 え、なに、何があったの? ここ私の職場だよね? へ、思わず扉閉めて出てきちゃったけど、なに今の魚屋さん。すごい威勢良かったけど。何か大きいのがビチビチ暴れていたけど。ものすごく生臭かったんだけど!?


 扉の先に居たのは、ラバー素材の厚手の黒前掛けが特徴的の、半袖を腕まくりして捩じり鉢巻きという特徴的な、威勢のいいお腹周りの盛りは過ぎた元ガテン系ともいうべき中年男性です。

 えぇ、明らかにお店の雰囲気と違いますとも。


「あれ、どうした芳美。店の鍵空いてるだろ?」

「あ、店長! ただでさえ変なお店がさらに大変なお店に!」

「あ? 喧嘩売ってんのかお前は」

「あ、す、すみません……」


 驚きと動揺のあまり、つい本音がこぼれました。


「で、でも、お店に変な人がいるんですよ! ほら、谷内田君も、さっき中に変な人いなかった? なんか、中に従業員居ないからって勝手に占領している人がいるよ!?」

「変な人……? いなかったと思うけど」

「え、うそぉ!?」

「それによぉ、今日は従業員お前らだけじゃないんだから占領なんてできる訳ねぇだろ」

「そ、そう、ですか? そっか、だよね、みっ、見間違え……だよね」


 良かった。初めてのバイトなのに最近シフト詰め過ぎたのと、ちょっと花の大学生活が残念な感じになりつつあるまま黄金週間に入っちゃった現実を、まだ私が受け入れきれてないだけよね。そう、混乱しているのよ、私。少し、現実から目を背けているだけよ。


「ぶつぶつうるせぇよ。微妙に聞こえてんぞ」

「ヨシミ、いっきまぁす!」

「ヘェイラッシャイラッシャイ!! エイラッシャイ!!」

「……」


「店長、私今日はお休みいただきますね」

「早速現実から目を背けてんじゃねーぞ。っと」


 痛っ! 何もチョップしなくても! 

 というか、なんなんですかあの人! さっき以上に早口でめっちゃ活き活きと叫んでるんですけど! 満面の笑みなんですけど! もう外まで聞こえる感じになってるんですけど!

 いろんな時間に来て、従業員さんは大方顔合わせしたけど、あんな人はいなかったし、居るなんて聞いてないよ!? というか、何あれ、もう完全にお魚屋さんじゃない! ここでする必要ないよねコレ!?


「沼田魚店の沼田興光だよ。よく見てみろ、稀に来る常連だから一度くらいは顔見てるだろ」

「なんですか、稀に来る常連って。稀によくあるみたいに言わないでくださいよ。それはそうと、何やっているんですか」


 田沼さんだか魚沼さんだかコシヒカリさんだかもうどうでもいいですから、そんなことより早急に生臭い現状をどうにかしてほしいものです。


「なんだ、お前は風習に疎いタイプの人間か」

「失敬な。我が家は風習慣習に厳しい家庭でしたよ。じゃぁなんです、端午の節句と魚屋さんが関係あるとでもいうんですか?」

「ほら、鯉って魚じゃん?」

「それだけ!?」


 鯉のぼり、に懸けているのかもしれませんが、あまりにしょうもない気がします。第一、今日はまだ五月五日ではありませんが……。


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