第十九和 コンビニ的居酒屋のマスターさんは未成年。


 バイトを始めて二週間は立ちました。遅めのゴールデンウィークを直前に控え、休日シフトは昼過ぎから夕方、夜手前に終わるという何とも言葉にし辛い時間帯になりました。


 世知辛いご世間様もお休みの大型連休。然しながら、辛(から)み辛(つら)みに耐えた人々に、甘いひと時を提供する喫茶店などの飲食店はお休みにはなりません。ここが書き入れ時とばかりにお店は活動を始めるのです。


 そんなわけで、明るい時間帯にお店に来るのは面接以来なのですが、何故だか慣れた筈の店構えに緊張を覚えます。やはり、昼と夜では少し雰囲気が違うからでしょうか?


「こんにちは~……って、あれ、店長?」

「店長ならいないよ」


 今まで、私が扉を開けると真っ先に視界に入り込む金髪さんが今日はいません。

声の方に視線を向けると若い童顔の男の子。


「あ、谷内田君。あ、ちがっ、マスター」

「今は谷内田でいいよ。夕方だから」

「あ、そうなんだ……今は普通の店員さんで、夜からマスターになるって事かな?」

「そう」


 中二病……と、噂に聞く病気とは微妙に症状が違うような気もするけど、これは、仕事に対する誇り云々の問題なのかな? 彼の中で形作られている設定はまだまだ分かりません。

 因みに、今はいませんが、昼の時間帯は普通の喫茶店をしていることも多く、何の変哲もない私みたいにまともで真面目な従業員の方もいらっしゃるみたいで、近所の主婦さんがパートで働きに来ていたりします。


「今は何したらいいのかな? お店は開いているよね?」

「ここは気分しだいの二十四時間営業」

「コンビニ的居酒屋……」


 ある意味便利かもしれません。今までにない新スタイルです。ただ、気分次第なので二十四時間ちゃんと営業しているかというと、していない気がします。


「店長はどこかで遊んでる。今日の店長は岸田さんだって」

「えぇ!? 私まだバイト初めて数えられるくらいしかここに来てないのに!?」

「仕方がない。店長はそんな人。サポートするよ」


 私よりも若いのに、何故だがベテランの風格があります。なぜでしょう、可愛らしい系の子なのに、やけに頼りがいがありそうです。


「あ、ありがとう谷内田君! あ、岸田って名字かっこわるいからあんまり好きじゃないんだよね。芳美でいいよ。でも、嫌だったら岸田でも……もしくは、新しいあだ名付けてくれてもいいからね!」

「じゃぁ、芳美さん。いつも店長がやっているように好きにやればいいよ」

「好きなように……かぁ……」


 好きなように、と言われても割と困ります。今もそこそこにお客さんがいますが、皆さん思い思いに軽食とコーヒーやドリンクバーで寛いでいます。

……喫茶店にドリンクバーって、有りそうでない組み合わせだなぁ。


 しかし、今しばらくは暇そうなので、この機を活かしてマスターさんとの交流を試みます。


「谷内田君って、此処で働いて何年目になるの?」

「今年で四年目になるかな」


 ちょっと予想外です。一年以上は勤めているかなと思っていたけど、すでに三年勤めていたなんて。でも、私と同い年……ではないよね? 中学生から働いてもよかったんだっけ?


「え! すごいベテラン!? ごめんね、そこまでとは思ってもみなかったよ。もしかして、大学生?」

「いや、受験生。中学三年の時に店長と知り合ってね。まぁ……いろいろとお世話にはなってるんだ」

「中学生ってバイトできたっけ?」

「まぁ、その時はお手伝いとか社会学習って名目でね。高校になってからは正式にバイトしてるよ」


 なるほどなるほど。


「へぇ~えらいねぇ。良い子良い子。私、大学一年だし、平均的にどの科目もできるからわからないこととか聞いてね」

「へぇ、社会もできるんだ」


 ぅぐ、地味に痛い所を突いてきます。

 あぁいえ? 社会科目の勉強もできないわけではないのですよ? 莉子ちゃんほどではないにせよ、どの科目も平均以上にはできるのです。

ただ、社会……といわれると、できるというには後ろめたい事情があるのですよ。


「……え、ねぇ、それ社会課目って意味だよね? 世間一般をさす方じゃないよね? えっと、もしかして店長さんに聞いていたの? 私の事」

「世間事情に疎いそうで」

「やっぱり聞いてたぁああ!!」


 思わず私は頭を抱えてしゃがみこみました。


「……まぁいいよ、そう言う事。でも、学業だけで見ればいろいろ頼ってもらえると思うから、気兼ねなくお姉ちゃんと思って頼っていいよ」


 ふふん、さり気なくお姉ちゃんアピールです。家には兄様か姉様しか居ないので、地味に妹か弟がほしかったのです。

 まぁ、初めは恥ずかしがるでしょうけど、それも一興。地道に刷り込みをして私をお姉さんだと錯覚させましょう。


「へぇ。じゃぁ早速だけどお姉ちゃん」

(おねぇちゃんって呼んでくれた!)

「なにかな!?」


 私は早速の呼称使用に思わず頬が緩みます。

 すると、谷内田君は無表情で半開きの目を客席にジッと向け、ゆっくり指を指す。


「仕事して。お客さんさっきから呼んでる」

「……ごめんなさい」

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