第十七和 曰く、マスターと店長は別物だそうです。
火曜日の夕方。今日は特にシフトではない日なのですが、金土日と三連勤の後に月曜を挟んで体力を回復させた私は、かえってもすることが無いので帰路の途中にあることも手伝い、暇つぶしと仕事に馴染む名目でお店の手伝いに顔を出したのです。
今日は忙しくなる日だと聞いていたので、多少お仕事もできるだろうし、ほとんど仕事の無かった三日分の罪滅ぼしも兼ねて仕事に来たのです。
店に入ると、驚くことにカウンターと一般席に計四組のお客様が居り、案外店らしい光景になっていました。金髪さんも割かし接客らしい接客をしています。やはり、窓際さんの時が例外だったのかもしれません。
(まぁ、流石にね~……)
「――ってなことがありましてね~」
とまぁ、そんなこんなでカウンターに入り、ドリンクづくりの手伝いをし終えると、私は店長の許可を取ってカウンターで大学の課題を進めることにしたのですが「休日まで職場に顔を出すなんて、お前もしかして友達居ないの?」なんて馬鹿にするので、つい莉子ちゃん自慢に熱が入り、気が付くと昨日の出来事を話し終えていたのでした。
「はぁ、うちがヤクザで危険でお前を売りとばして抗争してる危険な酒場だと? んなわきゃねーだろ」
「ですよね~」
「っとにな。馬鹿なのそいつ?」
「社会的に抹殺するぞ金髪」
「……え……?」
なぜか、威圧感凄まじい金髪さんが驚きと恐怖の入り混じる顔になり、気の所為か店内の歓談の声も一瞬だけ止まり、店内の時が凍りついたように感じました。
すぐに金髪さんはおチャラけた渇いた笑みを浮かべ、そして時は動き出します。
一瞬スタンドに目覚めたのかもしれないと思いましたが、やっぱり気の所為だったようです。
「ま、まぁいいや。ちゃんと誤解は解けたんだよな?」
「えぇ、大変でしたけどどうにかなりました。それで、今度私の職場を確認したいって言っていまして、近々お客さんとして来るんですけど、いいですか?」
駄目と言われても、彼女は来るとは思いますが。
「あぁ、まあそういう事なら構わんぞ。お前の知り合いならそんなに変な奴もいないだろう。言ってくれりゃ安くしてやる」
「本当ですか! ありがとうございます店長! やっさしいですね!」
「現金な奴め……まぁ、お前はなんだかんだ言いつつも看板娘兼主力になりつつあるからな。それくらいは大目に見てやるさ」
元々何かと安いこのお店なら、外食を嫌う莉子ちゃんでもきっとたくさん食べてくれるに違いありません。たまには人の作るものを食べて、片付けとかを考えないゆっくりな夜を過ごしてもらいたいものです。
「えっへへ~。そうだ、ところで……彼は?」
つい、話に熱が入り聞きそびれたのですが、私と金髪さん以外にもう一人従業員がカウンターにいらっしゃいます。以前店から出るところだけは見たことの合う、私と同い年か高校生くらいと思われる可愛らしい男の子です。
まだほとんど面識がないせいかもしれませんが、パッと見た印象では、口数少なそうな無表情の、顔立ちが整ったことも相まってお人形さんみたいな男の子です。そして、なぜかバーテンダーのような服装を着込んでいます。
このお店、制服なんてないのに。
ちなみに、私は初めて金髪さん以外の人が働いているところを見ました。
「ん? おぅ、マスターか」
「え、マスター? ここって店長さんのお店なんですよね?」
「当たり前だろ。お前は何をいってんだ?」
「え……じゃぁ、マスターって……?」
店長がこの金髪さんで、マスターって……オーナーさんではないだろうし、というかこの子私よりは年下だよね? 童顔なだけで実は年上? にしても社会人って感じではないような……じゃぁ、マスターってどういう……。
「あいつもうちのバイトだよ。将来はバーとかそういうしゃれた居酒屋をやりたいんだと。だからうちで練習してるんだな」
「いいんですか……? お店が部分的に改造されているし……占領もしちゃっていますよ?」
「あぁ? 最初に言ったろ? ここはよかれと思えば自由にやればいい。それがそいつの仕事だ。客がくつろいで楽しめりゃ何でもいいんだよ」
お店、勝手に改造するのまでありなんですねぇ……少しばかり金髪さんの寛容さに驚きます。バイトが趣味で店の一部を占領して好みに作り替えるとか、世間知らずの私でもわかります。一般社会では有りえない、まるで違う感性と光景なんだな、と。
「はぁ……あのお酒ってお店のですか?」
「いや、全部あいつの私物だな。入荷とかは一緒に仕入れたりしてやってるけど、利益とかの計算その他諸々自分でやるようにさせてる。若干上前をはねてるけどな」
「へぇ~、店長さん意外に親切なんですね」
まぁ、ほどほどの面倒までは見てくれるんですね。
「なんだお前、急におだてるとか気持ち悪ぃな」
「な! 何なんですか! 少し見直したと思ったのにその言い方! 接客業なんですし、少しくらい口調を直した方がいいんじゃないですか」
「よけいなお世話だ。しかしまぁ、上前はねて親切ってのもやくざな感性だなお前。近所にある岸田組がお前の実家とか言わないよな?」
「そんなわけある訳ないじゃないですか! 私はただ、ショバ代とかは別に取らないんだなって思って」
というか、ヤクザな感性なんて初めて言われましたよ。あぁもう、褒めてもどうせ馬鹿にするんですから、もうこの人を褒めません。捻くれ者の天邪鬼! 鬼! ヤンキー! あなたの方がよっぽどヤクザみたいですよーだ!
「なんだ、俺がそんな悪党に見えるのか」
「はい」
「……即答……だと……?」
即答されたのだけは、思いのほかショックだったのか、一分ほどカウンター裏に突っ伏していました。やめてください、調理場に髪の毛落ちたら汚いじゃないですか。
「まぁ、上前っていっても、バイト代以上の稼ぎがあっても八割方上前で弾かれるけどね」
耳慣れぬ声が聞こえました。お客様でしょうか? しかし、聞き違いでなければ注文を取るような声でもなく、淡々と物静かな男の子の声がカウンター側から聞こえた気がします。
金髪さん……の声でもなさそうです。裏声だとしてもこんな可愛らしい声、私が許しません。しかし……となると、この声はどこから……。
「どうかした?」
「うわ、喋った! ていうか、店長さん酷い!」
「いや、俺たちに対するお前の対応も大概だからな? まぁ、うちも経営がそんなに良くないと言うことだ。君も彼みたいな稼ぎ柱になってくれよ」
「……なんか嫌だなぁ」
扱き使われて搾取される社畜みたいで。
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