第十六和 怪しいけれど、危なくは無いような気がし無くも無くも無いような?
「えっと、確かに変なお店だったけど今のところは大丈夫だよ。お店は出入り口にお品書きとか無くて、あるのは『お客様は神様だ、しかし、信者は神を選ぶ』だったかな?」
「え、宗教」
「で、普通の住宅街に紛れてる人通りの少ない所なんだけど、不思議と営業できてるみたいで……」
「裏取引……」
「変な所と言えば、お店の方針が何でもアリで従業員とお客さんがよく喧嘩なんかするんだけど、なんだかんだ経営はどうにかなってると言うか、なんかそれが売りみたいな?」
「喧嘩が売りって、抗争、ヤクザ……」
「で、店長さんが金髪ヤンキーみたいな威圧感満載で、すぐガン付けて人と喧嘩する人で、従業員みたいな人は童顔で若い子や、いつも湿布だらけのぼろぼろの人や、優しげな好々爺の人だったりとか、すごく不思議かも」
「ヤンキー……そんな甘いものじゃないわ、絶対。この子、少し目を離したすきになんで道を踏み外して、童顔の子はきっと親玉の愛玩奴隷、ぼろぼろの人はミスしてすなにされた組員? 好々爺はそう見せかけた元締めよねこれ……」
「あと、客層はきっちりしたスーツの人が結構多いかな。まぁ、お酒やさんだし当たり前かも」
「な、取引相手もきっとヤクザなんだわ。酒場……バーできっと白い粉の取引や、ヤクザの舎弟企業の類でその手の人たちが社交界を開くような場所で……この子はきっとすぐに食い物に……そうか、この子すごく可愛らしくてボケボケしてるから扱いやすいって思われて、すぐに採用を……それならすべての話に合点がいくわ。そうよ、違いない。この子馬鹿だから……!!」
一人独白を続ける傍で、彼女はぶつぶつと何かをひたすら呟きます。始めはまだ苦笑いながらも笑顔のあった顔が、気づけば真剣になり、青ざめ、怒りと恐怖に震えるようないつになく恐ろしい形相で聞き取れない言葉を発し続ける様は、もはや恐怖の権化でした。
お化け屋敷に働きに行けば、一発高給取り間違え無しですね。
「ど、どうしたの? さっきからなんだかぶつぶつ呟いているみたいだけど」
「芳美! そのお店すぐやめなさい! 絶対もう行っちゃダメ! いい、絶対よ!」
目を血走らせ、魚の目のように目を見開き、真っ青な顔をした莉子ちゃんは、テーブルに乗り出して私の両手首を掴む。手首の骨のでっぱりよりは下だから痛いまではいかないけれど、相当な、普段出せる限界以上の握力が出ているみたいで圧迫感がすごく、手先が薄ら白くなってきました。
「ふぇ!? ど、どうしたの急に!? 莉子ちゃん、顔青いよ、水呑んで、ほら、体調悪いの!? 午後の授業休む!?」
「悪いのはあなたの頭よ!」
なんだか、手先が冷たくなり、本格的に慌てたほうがよさそうです。
「え、ごめんなさい? え、でも何が何だかわからないよ」
「あなた、いいように利用されてるだけ、今に酷い目に会う! 私が一緒に新しい仕事探してあげるからそんなところすぐにやめて! お願いだから! あぁ、もう! この子のボケボケ加減は知ってたのに、なんで放り出しちゃったのかな! 先週のあたしの馬鹿!!」
「えっと、莉子ちゃん、どうしたの……? なんだかすごく混乱しているみたいだけど、普通の居酒屋さんだよ?」
あ、血が通い始めた。よかった……じゃなくて、何を混乱していたんだろう。
莉子ちゃんは顔や肩からふと力が抜け、浮かせていた腰をストンと元の椅子に落ち着かせました。
「……へ? でも、居酒屋……」
「怖いお店じゃないよ? えっと、なんというか……すごく言葉に形容しがたい困るお店なんだけど、すごく楽しくて、変なお店……怪しくない……というと語弊があるかな。う~ん……」
「ヤクザと、関係ないの?」
や、ヤクザ!? ないない! 関係ない! むしろあんな人は取引したら真っ先に殺される人だよ、絶対。
「全くないない! 店長が金髪なだけだよ!? お客さんも、三流建築会社の薄海苔窓際係長で……あれ、なんかいろいろ混ざった?」
「なにも、犯罪に巻き込まれてないの? 本当に大丈夫?」
「あっはは、本当に大丈夫だよ~……心配なら、一度来て見なよ。そうすればその雰囲気が解るから」
まぁ、犯罪は無くともそのうち警察のお世話にはなりそうな……というか、一応傷害事件が起きかけたかな……?
「そ、そう、あなたが無事ならいいのよ。無事なら」
「えへへ、なんだか変な心配かけちゃってごめんね?」
「いいのよ。私の早合点が悪いんだし」
莉子ちゃんは恥ずかしそうに顔を赤く染めてそっぽを向きます。よくよく考えると、なんでもそつなくこなす莉子ちゃんが、私が計画的に驚かしたりする以外でここまで取り乱すのは初めて見ました。
それほどに、本気で心配してくれたのかな? なんだか少し申し訳ない。
「で、でもさ、私の日ごろの行いが悪いと言いますか、ね? ほら、いっつもぼさっとしてて心配かけちゃうからさ」
「それに関しては全力で肯定するわ。心配かけない生活を心がけなさい」
「まぁまぁどぅどぅ。今度、お店の料理奢ってあげるから。これは、謝罪とお礼だからさ。いいでしょ?」
「……うん」
「ありがと」
話し終える頃には、食事も終わり、時間も程よくなったのでお互い四限の講義を受けるべく大学へと戻りました。
「……にしても、楽しい、か。なんで思ってもないこと言っちゃったんだろう」
春日遅遅として、まだ明るく照らす太陽を窓際の席で見上げ、ヒゲ紳士教授の授業は上の空。春和景明の心地よさの中ふと考えます。あのお店の魅力って、なんなんだろう、と。
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