第十五和 こねて伸ばせばきっと面白く。
私達は大学にほど近いモウスバーガーに入ると、二人ともモウスバーガーを引換券で交換し、ポテト、ナゲットを折半して支払う。莉子ちゃんは水だけど、私はメロンソーダを注文して席に着く。交代で化粧室に行くと、ほどなくして商品が提供される。
「モウスのナゲットって、ジューシーでなんか他とは違うよね。まぁ、衣のカリカリ感とジャンクフードっぽさは地味にワックの方が好きだったりするけど」
「まぁ、概ね同意ね」
うんうんと莉子ちゃんは力強く頷く。私がいつもモウスバーガー派なので無理に連れてきてしまうけど、もしかしたら莉子ちゃんはワック派なのかもしれない。今度ちゃんと聞いてみようかな……でも、あそこはメインのハンバーガーもとい、サンドイッチがおいしくない。アップルパイとかは良いんだけど。
「ところで、私考えたんだけど……」
「何を? またどうせくだらないことだろうけど」
「えぇ~……まぁいいや。伊○製麺のうどんが食べられないなら、作ればいいんじゃないかな?」
「はぁ? あんた狂ったの? いや、いつものことか。それはさておき、なに? 自宅で? あんたのことだから設備ごと導入とか言うんじゃないでしょうね?」
狂ったというけれど、賃貸住宅に住んでいるのにお店並みの機材を投入しようと考えるほうが狂っているんじゃないかと思ったりする。さすがの私も、自宅ならまだしもあんな狭い家で大型設備なんて入れようとは思わないよ。
「いやいや、流石にそれは我が家を買い被りすぎだよ莉子ちゃん。私が借りてるのは普通のセキリティマンションだよ。それも、親戚の所だから安く借りれてるだけで」
「……十分すぎると思うのだけど、まぁいいや。ともかくね、ああいった本格的にだしを取るうどんなんて、素人が見よう見まねでできるもんじゃないのよ? というか、今更だけどまだこの話引っ張るのね」
さすがのうどん談義には飽きが来たのか、莉子ちゃんは悪びれもせず欠伸をして見せます。
「うどんはよくこねて伸ばして引っ張るほうがおいしいんだよ」
「うどんの話は引っ張ってもこねても面白くなる気はしないのだけれど」
「そ、そうかな? というか、私もおうちで作るつもりは無いよ?」
「じゃぁ何、料理教室でも通うの?」
「ううん、バイト先」
閉じかけていた彼女の目が見開きます。驚き半分感心半分のようです。まぁ、普段の私に今の私がバイト受かったと言えば、間違えなく同じ反応をするでしょう。
「あ、あんたバイト決まったんだ。割と早く決まったね。普通面接しても一週間くらいかかることが多いのに」
「その日のうちに決まったよ?」
バイトの雇用ってそんなに審査期間があるんですね。他の従業員の方とかと相談? にしても、何をそんな長々話すのでしょう。面接したときの内容や印象を忘れてしまいそうな気がします。
と、なぜか莉子ちゃんは、疑るようなジト目で舐めるように私を見ます。
「……本当に大丈夫なんでしょうね? そこ。相当人手不足で無理にシフト入れられたりとかしない?」
「どうだろ? 私も入店直後に帰れって言われて、面接開始三十秒で採用って言われた時は驚いたけど……」
莉子ちゃんは唖然としました。大口開けて訳が分からないといった顔です。でも、それも仕方がないでしょう。私だって、同じ説明を受ければ同じ反応をしていたことですし。しかし、これ以上的確な説明もないものでしょう。
しかし、改めて口にして説明すると、随分とシュールな光景に私は立ち尽くしていたんだなぁ。
「ちょ、あんた、本当に大丈夫なのそれ!? 驚くってレベルじゃないよ!? なんか変なとこない? 怪しい人いない? 客層はどうなの!? というか、業種はなによ!?」
「ちょ、ちょっと待ってよ、慌て過ぎだってば。そんないっぺんに言われても応えられないよ~」
「そ、そうね。ごめんなさい。少し気が動転していたわ。ゆっくりでいいから、聞かせてもらっていい?」
「その前に、うどんの話つづけていい?」
「ダメ」
「ハイ」
(ですよね~)
莉子ちゃんは覇気を放って私ににじり寄り、問い詰めます。
ひとまずメロンソーダで口を潤し、一息ついてから話すことにしました。
まだ三回しか行っていない仕事場の情景を思い浮かべるのは地味に難しく、目を瞑ってしばらく唸ります。そこに居た人の、また来た人の印象が強すぎたのも原因の一つでしょう。
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