第十四和 食べ物談義はよく弾み、あらぬ方向へ飛んでいく。


「あんた、わざわざだしだけをコップに汲んで飲んでたもんね。さすがにあれはマナー的にどうなのかしら。あんたの家って、そう言うのに超厳しいって聞いてたんだけど」

「えへへ、まぁ、普通のおうちよりちょこっと厳しいかな……? お上品にっていつも言われるから」


 お恥ずかしながら、卑しいとかはしたないと思われますが、私はそこの出汁のおいしさのあまり、お冷やを入れるコップにこっそりと注いであたかも湯茶を飲むがごとく少しずつ啜るのです。

 これがまた、冬だと特にまったりと幸せを感じられるひとときなのです。


「その割に、あんたって妙に庶民的というか、浅ましい所があるわよね」

「浅ましいだなんてひどいなぁ」

「まぁ、あんたの場合は、浅ましいとかって言うよりかは、世間知らずって言う方が正しいのかもね」


 莉子ちゃんは鼻で笑い、見下すような態度をとります。無論、これも呆れてバカにするだけで、本気で見下すとかってものでもありません。


「むぅ~そうかなぁ。小学生とかの時はまだしも、中学生、ましてや今は結構世間事情については理解を深めた方だと思うけど……」

「あんたがそう思うんならそうなんだろ。『あんたの中』ではな」

「え、ちょ、酷い。でもさ、だしを別に量り売りしてくれたらいいんだよ。そしたら、私やかん持って買いに行くのに」

「そんなに好きなの!? いや、まぁ、あんたなら驚くほどの事でもないか」


 それくらい好きなんだからいいじゃないと思う反面、私なら驚かないというのは素でバカにされている気がします。


「もちろん、うどんもおいしいんだよ?」

「うん、そうね」


 また食べたいな、と思い、店の外装を思い出すに当たり、看板の文字の違和感に気がついた。


「でもさぁ、なんでうどんって言えば香川なのに、伊○製麺なんだろうね」

「というか、無いってのに、まだこの話つづけるのね」

「伊予国って今の地名で愛媛県だよね。うどん関係なくない?」

「でも、正式名称は『讃岐釜揚げうどん伊○製麺』よね?」

「そうだね。でも、讃岐国って香川県じゃない。なら、伊○製麺じゃなくて讃岐製麺でよくない?」

「知らんがな……創業者が愛媛出身だったんじゃないの?」


 少し現実味ある答えで少し納得です。愛媛でうどん好きだった人が修行したのが香川なのはおかしな話ではない。社名や店名に何らかの形で創業者の名前や経歴が絡むのはよくあることだ。


「そうなのかなぁ。そういえば、池袋にあるジャンク堂って本屋さんも創業者さんの名前らしいね」

「いや、創業者ぐちゃぐちゃになっちゃってるから! 可哀想だから止めたげて!」

「え? まぁ、話は戻って」

「まだ続くの!?」


 素っ頓狂な声が聞こえますが、まだまだ続けます。


「名前から考えて、伊予で、つまりは愛媛で製麺して、それを香川で釜揚げしているのかな?」

「まぁ、そうとも考えられるわね。初代が味にこだわってわざわざ麺を愛媛で作ったのかもね。水とか空気の関係で」

「ほうほう、なるほど……うん、すっきりした! ありがとう莉子ちゃん!」


 まぁ、結局はだしが好きだからうどん自体はそこまで気にしないけど。


「はぁ、あんたのくだらない話は疲れるわ。で、そろそろ時間もなくなるからごはん行きましょう?」

「あ、じゃぁモウスいこうよ!」


 ポカン、と莉子ちゃんは口を開けて鳩みたいな顔をします。

莉子ちゃんは私に対して、呆れの感情を示すときのレパートリーはとても豊かです。

 ロシアでは雪の質で細かく雪の呼称が変わるようですが、環境によって言葉以外にも表情のレパートリーにも変化が訪れるのですね。人って不思議です。人は声以外に表情でも会話をすると聞きますから、そう言うのも関係しているんですかね?


「別にいいけど、えらく方向性変えたわね。それに、財布の事を考えるならまだワックの方が……」

「いやぁ、実はですねぇ、モウスのサンキューチケットって言うのが十枚溜まりまして、五枚でハンバーガー一つと交換できるのですよ!」

「あんた、ほんといいお客さんよね。そういうのにすぐ釣られるんだから」


 呆れつつも、クスクスと笑っています。このため息交じりの控えめな笑いは本当に心の底から笑っています。

 因みに、サンキューチケット、七百円以上お買い上げのお客様に一枚プレゼントという微妙に使い勝手が悪いチケットだったりします。五百円だったらいいのに。


「えっへへ~まぁそういう訳で、折角なので行きたいなと。莉子ちゃんにも五枚分けてあげるから。良いでしょ?」

「わ、私は人に施しを受けるほど……」

「それがですねぇ、私は二つも食べきれないし、このチケットの期限、今日までなんですよねぇ~」


 馬鹿にしないでとばかりにそっぽを向いたようですが、誘惑には逆らえないのかピクピクしています。いつも私を心配と言いますが、寧ろ男女関係では無理に押し切られたら、あっさり攻略されそうな彼女の方がよほど心配だったりします。


「ふ、ふぅん……ま、まぁ仕方ないわね。食べきれないでしょうし、折角の引換券無駄にするのも勿体ないから貰っといてあげるわ」

「さっすがぁ~莉子ちゃん話しわかる~。じゃぁ、いこっか!」

「えぇ」


 なんだかんだ言って、久々のまともな外食なのでしょう。いやよいやよと言う割には少し気恥しそうでも満面の笑みでした。

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