第十和 正直者とホラ吹金髪さん。


 未だに慣れぬ三日目のバイト先です。世の人々は、どの程度でバイトというモノになじむのでしょうか? こればかりは他人になれないので解りませんが少なくとも私は当面これに慣れることはかなわなそうです。


「おぉ、芳美。いつになく早く来たな」

「えぇ、まぁ早いところお仕事に慣れたいものですから」

「そうか、連勤で辛かろうに殊勝な事だな。その調子でがんばりたまえよ」

「ア、ハイ」


 金髪さんはなぜか上から目線で感心します。無性に腹が立つ表情です。


 バイト三日目だというのに、いまだに店内で会う従業員はこの金髪さんだけです。

 一応、同い年くらいの、でも童顔の男の子や、首や手首に湿布を張って、墨かインクで汚れたような薄汚い男性、何やら人のよさそうなお爺さんが私と入れ違いで店から出ていくのは見ましたが、あれはやはり従業員さんだったのでしょうか。

結局、いまだにそのお爺さんとしか挨拶をしていないのですが。

 簡単な和え物とドリンクを作っている金髪さんに訊ねます。


「あの、質問良いですか?」

「ん? いいよー何でもどうぞ。俺の年齢とプライベートな質問以外は答えるよ」

「此処って、私以外の従業員の方ってどのくらいいらっしゃるんですか

「まぁ、ざっと数えて二十人くらいか?」


 え、多い。意外に結構いるんですね……しかし、ならばなおさら私はこの人とばかりシフトが一緒になるんでしょう。そろそろ店長さんに一度顔をあわせたいものなのですが……。


「私も三連勤で大変ではありますけど、あなたもいつもシフト入っていて大変じゃないんですか?」

「まぁ、多少はね。けどまぁ、道楽で働いているようなもんだし、気にしちゃいないよ」


 そりゃ、道楽でしょうねぇ。これが真面目に働いている姿だとしたら、私は真面目の意味を覚え直す必要がありますし。


「ところで、店長さんはいつ来るんですか?」

「ん、何?」

「え、いやだから、この店の店長さんはいつシフトに入っているんですか?」

「何を言ってるんだねキミ。そりゃ、店長なんだから毎日来るだろうよ」


 何故でしょう、世間知らずとよく言われ、これ自体は自他ともに認めるところなのではありますが、この人にだけは常識を諭されたくないと、無性に反発心が湧きあがります。

 しかし、社会人って大変なんですね。毎日シフトだなんて……でも、個人経営だからブラック経営者に雇われているとかではありませんし、仕方がないというか……ご世間様は私の思うより世知辛い場所のようです。


「えっ、そうなんですか……大変ですね、店長さん。それも毎日ってお休みないんですか?」

「まぁ、適当に休むからな。心配してくれなくてもいいぞ」

「誰があなたの心配なんかするんですか」

「なんだ、ツンデレか?」


 何ですか、私の心が永久凍土のように冷たいと? 私が氷の大地よろしく、あなたに心を閉ざすのはその容姿と態度にあるのがご理解いただけないのですね。ご理解いただかなくても大いに結構ですが。


「はぁ? なに言っているのですか。私は清純派超純水系大和撫子ですよ」

「超純水とか怖いわぁ……」

「?」

「てか、お前、それ自分で言ってて恥ずかしくない?」

「私、嘘がつけないもので」


 私、正直者なんです。あなたのように口先で嘘八百並べては嘘も方便などと吹かしつつ、うそぶいてはうそ寒い秋風に流れて生きてそうな軟男とは訳が違うのですよ。

 お家が清く正しく伸びやかにと教育方針に掲げただけあって、生まれてこのかた嘘など殆どついたことはありません。物忘れとかは、まぁ、しますが。


「こりゃぁ、真面目だと思ってたら、とんでもないジョーカーを引いちまったかもなぁ」

「何か言いまして?」


 なんか失礼なことを言われた気がするのですが……まぁいいでしょう。人間関係の難しさも仕事の大変さであるはずです。世知辛いご世間で舐められないためにもこの程度は耐性を付けなければ。


「なんでもないっす。てか、今まで気が付いてなかったの? もしかして」

「ん? 何がですか?」

「ここの店長ってか、オーナー? 俺なんだけど」


 はぁ、つまらない男ですね。馬鹿馬鹿しい。


「はいはい嘘乙。エイプリルフールなら半月以上前に終わりましたよ。顔洗って来年出直してきてください」

「……まぁ、別に信じなくてもいいけどな」


 引き際の悪い嘘。面白みもないのに、嘘ついて生きて来た人とは思えないくらい下手ですね。いや、まぁ、嘘ついて生きてきたわけではないかもしれませんが。

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