第五和 真面目な私と不真面目店員。


 そして、ややこしいですが面接の日に戻ること、今日この日。


 バイトのことが何も解らないまま面接は終わり、日は進んでさらに翌日の午後。

 定期圏内のとある駅から、徒歩で約三十分の所にお店はあります。


 お店に入ると、面接の時の金髪さんは一昨日の新聞を読みながら、のんびりとイスに座っていました。


「お、芳美ちゃん。よくきたね」

「それは、雇われましたし……」


 まるで、来ないのが前提のような言いぐさに思わず溜息がでます。

 今までの人は、雇われても来なかったのか、すぐやめたのか、はたまたパワハラやなんかでもあるのでしょうか。


 すると、金髪さんは新聞を片手に持って、ひらひらと手を振りながら軽い調子の笑いを浮かべます。


「いやいや、君みたいな真面目そうな子は、こんなふざけた店は辟易してすっぽかしたままもうこないって事もあり得るからね」

「真面目な人は無断ですっぽかしたりはしません」

「それもそうか」

「言い種からして、以前にそう言うことがあったんですか?」

「うんにゃ? ないけど?」


 この人は、いったい何を根拠に言っているんだろう……。

 そういえば、またこの人しかいない。シフトはまだ解らないけど、別の店員さんや店長さんはいないのかな? 人手不足?


「すみません、此処ってほかに店員さんや店長さんはいないんですか?」

「うんにゃ? 普通にいるよ。今日は大体のサラリーマンの給料日直後だからね。あんまり人を入れてないだけだよ」

「なるほど、そうだったんですね」


 って、え? お給料入ったら少し贅沢して外食するもの何じゃないのかな。でも、私はよく世間知らずっていわれるし、考えてみればお給料を最初に使って後でなくなっちゃうと困るよね。そっか、ならおかしくはないのかな?


「どうした、首なんかひねって。何か聞きたいことあれば何でも良いぞ」

「えっと、世間知らずって笑われるかもしれないですけど、普通は給料日直後の方がお店って込むんじゃないのかなって思って……」


 金髪さんはニヤリと笑うと、笑いを堪えてクスクスと腹立たしい声を洩らします。


「いやいやぁ? 概ね間違ってはないよ、世間知らずの御嬢さん」

「間違ってないなら、世間知らず呼ばわりを止めてください」

「まぁ、そう怒りなさんなよ。 まぁ、この店がおかしいだけなんだ。まぁ、いろいろとね」


 そんなもの、店に入る前からわかっています。店構えと言い、張り紙と言い、この店の方針と言い、店員のあなたと言い。怪しさと胡散臭さのオンパレードです。


 なんだか、話を続けても不毛に終わりそうなので、溜息一つ吐いてから気分を入れ替えます。


「あぁ……はい、もう良いです。とりあえずお仕事を教えてください」

「そうだね、お仕事は君が出来ること全て。とりあえずお客さんがくつろげて、のんびりして、楽しめればそれで良いよ。強いて覚えて貰うこととなると……メニュー……レジ……いや、何もないな」


 ご世間でありがちな、バイトさんが必ず聞き流すけど毎度言われる決まり文句、お客様を笑顔で云々ですね解ります。まぁ、私は真面目ですし、お客さん大事ですからいいですけど、寧ろこの人ができるか心配です。第一声が「客は帰れ」ですし。

 そして、私は相当馬鹿にされているのか、覚えることが無いって……私そんな馬鹿に見えますかね? 駄目な子に見えるんですかね? ちょっと悲しくなってきます……。初仕事もまだなのに、いきなり「おめーのせきねーから」と言われた感じです。


 ここは、一先ず怒っておきましょう。怒るべきです。私はそう思います、ええ。


「あの、今ちょっといろいろ言い掛けていましたよね? バイトをしたことがないって言ったって私もそこまでバカじゃないんです! しっかり仕事を教えてください!」

「いや、なにを怒っているのかわからんけど、ふざけてるわけじゃないぞ? 大まじめにメニューもレジも決まりもないんだよな」


 ……はぁ?


「えっと……ここ、一応居酒屋ですよね?」

「あぁそうだ。あ、あったわ!」

「ですよね、なにもないのはおかしいですって!」


 良かった、一瞬私の頭がおかしいのかと思いました! この人の頭がおかしかっただけなんですね!

 金髪さんは親指で後ろの酒棚をさして言いました。


「お酒の名前だけ覚えておいて。いちいち俺が出してもいいんだけど面倒だから。後は、店がつぶれないようにみんなが好きにして頑張ってくれればそれで良いよ。一声かければ基本何にしても良いから」

「は、はぁ……」


 だめだ、やっぱこの店(とこの人の頭の中)はやっぱりおかしい……。


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