第四和 世話焼き親友、気儘な私。


 居酒屋へ訪れる数日前のこと。


 莉子ちゃんちで、バイトをしようと決めてから数週間経ちました。あれは入学して間もない時期だったので、新生活のごたごたでなんだかんだとバイトはじめは後回しになっています。


 大学で昼食休憩の時間、ガラス張りの白く清潔感がある食堂で、私と莉子ちゃんは、中庭に面した明るい席で食事をとる。

 奢ると申し出たけど、莉子ちゃんはプライドが高いから、かえってちょっぴり怒らせてしまった。そして、私はサラダとマフィン、カップスープをトレーに乗せて、先にお弁当を開いている莉子ちゃんの正面に座った。


「芳美、もう入学式終えてしばらくたつし、そろそろバイトでもしてみたら?」

「うーん……それもそうだね」


 実家からの仕送りで生活している私は、実の所切り詰めてまで生活する必要もなければ、バイトの必要性もさほどない。けれど、今はまだ出費が無くても、これから大学生活、それも天下の東京に出て来てしまったとあっては出費を強いられる機会はきっとある。

 楽観的な私はそこら辺をよくは考えていなかったけど、なんだかんだと文句をクドイほどに言いながらも、結局心配して世話を焼いてくれるあたり莉子ちゃんはとってもいい子だと思う。


「バイト初心者向けのバイト募集の冊子、駅前で配られてたし帰りに貰っていこうよ」

「そう? なら、そうしようかな」


 会話をしながら食べ始めると、彼女の後ろ、少し離れたところから凡顔で何の特徴もない男の人が呼びかけます。


「木和田ー、お前さっき生活課の人が探してたぞ。お前、健康調査票か何か出してないんだって?」

「ゲ! マジ? ここの大学どこに調査票出すとかわかりにくいんだもん。だるいなぁ……」

「知らんがな。お前がちゃんと人に話を聞いたりしないのが悪い。ん、岸田はバイト探しか? 最近ブラックバイトってのも流行だから気をつけろよ」

「そうなの? 世の中って怖いね~」


 凡顔の人は人並みに優しく温厚な人のようで、莉子ちゃんに伝言したり、そのついでに私を気にかけてくれる程度にはいい人です。しかし、彼の名前も顔もどうにも覚えられそうにありません。群衆に紛れた彼を探すのは、ピーナッツの山から小粒のカシューナッツを探す程度には難しいのです。


「あんたねぇ、そんなんだから心配なのよ。ブラックって言われてるチェーンとか、忙しい居酒屋なんかはやめときなさいよ。あんたは無難に喫茶店とかアパレル関係あたりにしときなさい」

「うん、ありがと。お給料とかじゃなくて初心者向けってところを重視してお仕事を探してみるよ」

「そうだな。岸田にはそれが良いだろ。忙しい環境はお前にはあわなさそうだ」


 彼は、いったい私の何を知っているのでしょうか? けらけらと笑いながら言われると、なんだか馬鹿にされた気がします。そういうあなたは、いったい何のお仕事をしているのかと問い返したくなります。

 どうせ、RPGの第一村人に違いありません。


「おい鈴木! 私の芳美に何馴れ馴れしくしてんのよ。潰すわよ」

「いや、何をだよ」

「何、聞きたい? あんたの宝玉から金塊を錬成してやろうかって話よ」

「……遠慮しておきます」


 莉子ちゃんは錬金術師のようです。まぁ、現実に錬金術師は無いですから……状況を鑑みるに、職業はカツアゲ……? ヤーさんのおうちに就職しているのでしょうか?


「じゃぁ、次の授業後ね!」

「うん」


 莉子ちゃんは、凡顔さんの背中を蹴り上げながら授業に向かいました。

 大学だと、今までの教育とは違い、クラスなどは無く都度好きな授業を日程組んで、そして好きな勉強を気ままにできるようになっているみたいです。



 授業後、莉子ちゃんと合流して帰り道で駅のバイト誌を貰ってみました。

 莉子ちゃんは今更また不安そうな顔を浮かべます。


「大丈夫? 本当に一人で仕事探しできる?」

「大丈夫だよー。いつまでも莉子ちゃん手を煩わせるのも申し訳ないしね。それにバイト探しくらいで問題起こすほどお間抜けじゃないよ」

「そう? とにかく、バイトが決まったら教えなさいよ」

「うん。解った。今日はありがとね」

「心配だなぁ……まぁ、じっくりと選ぶのよ」

「はーい」


 莉子ちゃんと別れ、電車で偶然空いた席に腰を下ろすと、暇なので貰った情報誌の真ん中あたりを適当に開く。すると、御誂え向きな文言を見つけます。


「給料は安いが、仕事が簡単で初心者向き、誰でもできる、何でもできる閑静な街中の居酒屋喫茶レストラン……かぁ」


 いろいろとごちゃまぜすぎる気がしますが、なんだか面白そうな気もします。情報誌の端っこに小さくこの短文と店名、URLが乗るくらいなので、経営はよくないのかもしれません。でも、お客さんだらけの繁盛店であくせく働ける自信もないので、閑古鳥が鳴くくらいのお店で働いてみるのもいいかもしれないと、この時の私は思ってしまったのです。


 スマホで検索してみると、地図や参考画像を見ても、穴場といったお店。これなら、自分に合っている気がしてきます。居酒屋はやめておけと言われた気もしますが、まぁこれなら大丈夫でしょう。


 情報誌は結局その前後数ページを数分読むだけで、ほぼ即決。その日のうちに電話をかけて面接の日取りを決めたのでした。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る