第三和 バイトというのは解らないことだらけです。


 時は戻り、不思議な、それでいて平凡で、かといって異質ともとれる一件の居酒屋さんへ。


 入れば営業前なのか、お客さんの居ない客席と、カウンターに立つ一人の男性。



 お店に入って第一声「客は帰れ」の一言。ここは本当にお店なんでしょうか? しかし、お客様というからにはお店なのでしょう。けど、客を追い出すお店は果たしてお店としてやっていけるのでしょうか……不思議です。


 そして、私はふと気がつくと、コワモテ風ヤンキーのような男性と、一対一で対峙していました。


「君、バイト経験は?」


 私は、なぜこんな事になっているのでしょうか……確か、大学へ入学して、人付き合いのためにお金が必要になって……なんだろ、これじゃまるで身売りされているみたいだなぁ。

 この、金髪で、ツンツン強面なこの男の人はいったいどなたなのでしょうか……。


 外見では、さして広くはなさそうだったお店ですが、いざ一歩足を踏み入れると中は意外にも広く、一目で見通せるものではありません。元々喫茶店で在ったものを改装したような雰囲気で、たぶん、いくつかのブロック状に分かれて、それぞれでテイストの違う部屋があるようです。

 カウンターに御座敷、お洒落なテーブルとイスがある空間、いろいろとあべこべな印象を受ける店内です。

 そして、私はというと、暖簾をくぐってすぐそこの、居酒屋風のイスとテーブルの席に案内されていました。


「あの、す、すみません……今までバイト禁止の高校だったのでバイト経験はなくて……その、ここはそう言った初心者も使ってくれるって情報誌に合ったので、その……」


 声質自体はドスが利いているとか、低いとか、荒れているとかはなく、極普通の声でした。しかし、あえて言うなら、これまたありふれたヤンキー風の、これはこれで触れたく無くなる空気間を持つ人でした。

 見た目も声もヤンキー風、もはやヤンキーなこの男の人は、もう三十路になろうかという具合の人ですが、経営者の親族か、はたまた正社員の方でしょうか。どちらにせよ、オーナーさんへの期待が薄れます。


 まぁ、誰でも簡単に仕事できるなんて謳い文句も怪しかったし、簡単にお金を稼げちゃうんだったら、こういった人たちも集まるよね。もう、こんな態度じゃたぶん採用されないよね。店員さんも怖そうだし、今回は面接の練習だと思おう。そうだ。すぐに帰って新しい履歴書を書こう。


「あ、そうなの? じゃぁ採用」

「すみません! 出直しま……え、採用……ですか?」


 採用……? 面接でハキハキとでき無いどころか、そもそも質問の一つもされてないし、履歴書も微塵も見てないのに!?


「うん、君、律儀に校則なんか守っちゃっていい子にしてたんでしょ。良いじゃんまじめで。そう言うのって大事よ」

「えっと、はい、じゃぁ、お願いします。で、いいんでしょうかね……」


 今更やっぱり嫌ですとも言えず、思わず採用されちゃったけどいいんだろうか……?

 もしかして、危ないお店とかじゃないよね? いい年してヤンキー風でちょっと痛々しい所はあるけど、ヤーさんみたいな空気はないし、何か問題に巻き込まれるって感じはしないけど……すごく不安だなぁ。


「うん、よろしくー」

「えっと、お仕事はどうすればいいんでしょうか?」

「あぁ、いいよ。追々教えていくからね。あと、敬語も辞めちゃって良いよ。まじめでそれなりに礼儀と倫理があれば後は適当。それが俺も含めてこの店のスタンスだから」


 都会ヤンキーさんというのはこういうものなのでしょうか。地元にいたお猿さんと違い、ただ喚くのと違い、何となく怖さはあるけれど、ただ軽い感じの人当たりの良い人です。田舎よりは幾分紳士的と言えます。


 なんだか、人もお店も胡散臭さが拭いきれない感はありますが、とりあえずはお仕事に就けそうです。もし、何か怖い目に遭えば莉子ちゃんを頼って丸投げしましょう。それに、礼儀と倫理くらいは持ち合わせがあるので、もしも話し通りだとするならば私でも働けるのかもしれません。


 ただ、少し心配なのが……


「それで、お店ってやっていけるんでしょうか……?」

「まぁ、今までやっていけてるしどうにかなるんじゃないかね。あと、敬語も無理にやめろってもんでもないし、そう言う風にしたいならそれでも良いよ。そこも含めて自由だから」

「えっと、はい。わかりました」


 曰く、心配はないようです。


 雇用担当のこの男の人はこういいますが、実の所はどうなんでしょうか。敬語はおいおい考えるとして、今は真面目に、足を引っ張らないようにがんばらないと!

言葉通りに適当にやったところを、タイミング良く店長さんに見つかるとかも嫌だしね。そもそも、適当にお仕事するつもりなんて無いけれど。


 ところで、お店に入って気になった店がいくつかあります。


「一つ、質問して良いですか?」

「ん? いいよー何でもどうぞ。俺の年齢とプライベートな質問以外は答えるよ」


 この方は秘密主義者なのでしょうか? それとも、自意識過剰? そもそも、この人のことは毛頭興味はありません。


 男性はへらへらと笑いながら、気さくな空気を醸し出しますが、一方で私は真剣な表情で、緊張からでる生唾を飲み込みます。




「ここは…………





…………なんのお店ですか?」


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