第一和 新芽萌ゆる…いわゆる入学ですね。


 春、麗らかな春。新芽萌ゆ、柔らかな光を降り注がれる春、私こと岸田芳美は目出度く、都内の大学に進学できることとなりました。


 田舎育ちの私は、都会の空気に感激し、興奮しつつも少なからぬ不安や恐怖を抱く中、中学時代に別れた友人で、同じ大学に進学したという木和田莉子ちゃんのもとを訪ねることにしました。


 最寄り駅は、都会でもよく聞く大型ホームと地下迷宮を持つ有名な駅なのですが、私はそこで降りるとおそらく一生地上へは出られなくなりそうなので、隣駅からゆっくり歩いて向かうことにしました。

 さすがは都会、地元とは違うよく磨かれたショーウィンドーは鏡のようで、黒髪ロングの白ワンピースという王道過ぎてすっかり都会に取り残された、浮きまくりの残念な私が映ります。


「人に会う時のための服ってお母様に買っていただいたけど、流石に都会の子たちはセンスが違うんだなぁ」


 私なりに身だしなみを整えたつもりではあるけれど、超都会れでぃーな莉子ちゃんには笑われるかもしれません。


「まぁ、少しでも笑って元気の足しになればそれでいっか」


 しかし、聞いていた最寄り駅は全く近くなく、歩く事三十分。全くつかない上に遠く、細かい場所も解りそうもないので結局タクシーに頼り、住所を指定して現地に向かってもらいます。


「ようやく到着~……疲れた」


 莉子ちゃんは私と正反対にサバサバとした性格の子で、よく私のことを引っ張ってくれていた子でした。

 しかし、莉子ちゃんの住む粗ま慎ましやかなアパートの部屋に入ると、意外にもファンシーなぬいぐるみとかが多く、見た目や性格の割には随分と女の子らしい内装をしています。

 都会っこになると、思いも寄らぬ変化が訪れるのかも知れません。


「でさ、久々の再会は良いんだけど、悪いけど何も出せるもんなんて無いよ」


 そして、久々の再開を果たすなり釣れないことを言う、家以上にまた慎ましやかな体型をなさるこの短髪少女こそ、私の数少ない友人の代表だったりしますのです。


「ううん、大丈夫。莉子ちゃんなら、どうせそうだろうと思ってたから」

「……あぁ、のんびり者のあんたが都会に来るなんてって思ったけど、その憎たらしい物言いは本物みたいね」

「うん? 本物だよ~」


 莉子ちゃんは、たまに解らないことを言います。久々に顔を合わせたのにげんなりと疲れたような顔をして、憎たらしいだなんてひどいことを言うのです。

 しかし、これは私たちの間では日常茶飯事の冗談のようなもの。別に、気に病むことはありません。


 莉子ちゃんはなんだかんだと言いつつ、お茶はしっかり出してくれます。少し、人心地ついたので、緊張でいつの間にか正座していた足を崩し、ファンシーなハートマークのあしらわれたクッションに腰を下ろしました。


「これ、何回目?」

「失敬な。出涸らしじゃないわよ!」

「あははーごめんね。そっか、じゃぁ、どこで摘んだの?」

「あんた、本当に殴られたいようね。このコンクリートジャングルのど真ん中にお茶の摘める場所なんてあると思ってるの?」


 莉子ちゃんは、家庭の事情で節約がとても上手です。だから、このお茶もどこかで摘んできたのだと思ったのですが、どうやら違うみたいです。

 莉子ちゃんは呆れたように溜息をつき、私は首を傾げます。


「うーん、ジャングルじゃあ摘めないよね。そもそも、お茶って自生しているのかな?」

「……もういいわ。で、あんたは何しに来たのよ。まさか、わざわざちょっかい掛けたいが為だけに顔見せにきたとかじゃないでしょうね!」


 そうでした。莉子ちゃんの話術に惑わされて、危うく本来の目的を忘れてしまうところでした。

 しかしながら、なぜここまで私が悪戯のためにやってきたと思うのかだけ、どうにも納得いきません。莉子ちゃんに悪戯なんてしたことほとんどないのに。しかしながら、こうも言われては仕返しの一つもしないと収まりがつきません。


「まっさか~! でも、嫌がってる振りして、内心そうであっても嬉しいとか思っちゃう莉子ちゃんかーわいい!」

「ブッコロス」

「ごめんなさいごめんなさい本気で叩かないで!」


 そうです、久々の再開で忘れていました。莉子ちゃんはさばさばした上に暴力的なのです。私はよく怒られて、叩かれます。別に、本当のことを言っただけなのに、この仕打ちは納得いきません。


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