第二十九和 当店の料金表の数字は、店長の気分を示してます。


「ごめんね、芳美。一昨日は随分とお店で騒いじゃって」


 今日、莉子ちゃんは朝から忙しく、放課後の今まで謝れなかったことを深く詫びるように帰路で何度も頭を下げて、先日の騒動を謝罪した。

 私はというと、確かに昨日のせいでかなり疲れてはいたが、大体金髪さんとヤーさんの所為だ。莉子ちゃんは悪くないし、寧ろ長い間お酒の香りに当てられて少し酔った、赤みがかって瞳の潤む可愛らしい顔を見れたので十分である。


「ん、いいよいいよ! 別にあんまり迷惑になってないし! それより、楽しんでくれた?」

「そうね。ああやって楽しくいろんな人と会話したのは久しぶりだわ。食事もおいしくて、久々に満足のいく食事をしたわ」


 満足って、節約しながらでもおいしい料理を作るのが得意な莉子ちゃんなら、もっとおいしいものを普段から食べれると思うのだけど……まさか、


「莉子ちゃん……満足のいくって、普段から味を捨てて量を取った挙句、それでも満腹になるまで食べ無いような食生活を送っているって訳じゃないよねえ?」

「うぐっ……まあ、今後気を付けるわよ。新生活やら、新しい活動とか交流にお金が必要だったの。今後はあなたに心配かけない様に気を付けるから」


 照れ隠しは可愛くていいのだけど、本当に心配かけるのはやめてほしい。莉子ちゃんは万能な上に燃費がいい胸以外完璧な子だけど、だからって言っても度を越した無茶をすれば私も心配だ。


「本当? 困ったらいつでも言ってよ? あと、店長さんは莉子ちゃんが来たときは適当に割り引いてくれるって言うから、困ったら食べに来てね?」

「悪いわ、あのお店のメニューかなり安いのに」


 莉子ちゃんは青ざめる様に申し訳なさそうな顔をする。気を遣わせているという罪悪感と、やりくり上手な莉子ちゃんのことだ。食材の原価を割りだして赤字にならないかといった気にしなくてもいいような細かいことを考えているんだろう。


「あそこのメニューも料金表も当てにならないよ?」


 私は気休め程度の言葉を思わず口にしたが、よく考えずとも本当にあそこの料金表はあてにならないので安心した。莉子ちゃんも気を悪くするより苦笑いしている。


「そ、そう言えばそうだったわね……というか、それでお会計とかどうしてるのよ」

「それは、慣れと感覚で? 一応、人気メニューは料金決まっていたりするのもあるから、案外どうにかなるよ。納税とかどうしているのかは知らないけど」

「めちゃくちゃね……まぁ、安くてあれだけおいしいなら……それに、自宅だとどうしても節約を凝らし過ぎて栄養偏るからね。小銭節約して風邪で大金払うのも馬鹿みたいだから……その、し、仕方なくよ!? まぁ、ちょくちょく、顔出してあげるわよ……」


 これは良いツンデレ!


「莉子ちゃん、絶好調だね!」

「何が!?」


 反応速度はコンマ二秒。体調は万全そうだ。


「あれ、そう言えばそのストラップとグッズ、最近売れ出したアイドルの?」

「あ、莉子ちゃん知っているの? 珍しいね。睦城淳也(むつきあつや)君だね。四人組グループのリーダーで、爽やかなルックスと見た目に似合わない残念振りが人気の根源らしいよ」


 莉子ちゃんは私のバッグからぶら下がるストラップを眺めて物珍しそうにする。

 解説した手前で言うのも何だけど、実は別段アイドルそのものに興味はない。男性アイドルよりかは女性アイドルの方が曲や雛壇での言動に共感できて楽しかったり、純粋に可愛いものは目に優しくて好ましいと思う程度。詳しくはない。


「そりゃ、最近はよく聞くし、街中でも広告で見かけるもの。というか、あんたが割とアイドル好きなのは知ってたけど、そう言うのが好みだったっけ?」

「いや、別にそうでもないよ。私は可愛い子の方が好きだし、男性アイドルは開拓系アイドルTKOだけだよ」

「じゃぁ、なんでそんなの持ってるのよ」


 莉子ちゃんは当然の疑問を私に放つ。


「なんか、店長さんとTKOの何処が燃えるかについて語り合っていたら、余っているからってくれた」

「あんた、なんだかんだ金髪店長と仲いいわよね」

「あっはっは~やめてくださいな。私に寝取り属性は無いので」


 金髪さんと恋仲になろうものなら、別の金髪さんに冗談でなく体を風穴だらけにされそうですので。


「何それ……」

「いや、下手なことするとステフさんに殺されそう。ほら、拳銃くらい持ってそうじゃない?」


 さすがにこの国に拳銃は持ち込めないだろうけど。


「偏見だぞオイ。まぁ、楽しそうで何よりだわ。でも、なんで金髪店長が男性アイドルのグッズなんて持ってるのかしらね?」

「……まぁ、私はそっちはそっちで観賞する分には楽しめる口ですが、いやいやしかし……」

「あんた、中学の頃はそんなに度々自分の世界に飛ぶ子じゃなかったのにね」

「オタクレベルが上がってしまったのかも」


 あ、すごい可哀想な目をしてる。これは本気で憐れんでいるに違いない。


「かもじゃないわよ。ま、ヒキニートにクラスチェンジしないように祈るわ」

「だ、大丈夫だってばぁ……それに、なんだかんだ漫画とアニメくらいしか嗜んでないし。グッズとか買わないし」

「そういえばそうね。強いて言えば、TKOの真似事しようとして近所の空き地を買って鍬を振り回していたくらいなものよね」


 あぁ……嫌な昔話をほじくり返さないでくださいよ……莉子ちゃんは自分に黒歴史が無いから人の夢とロマンの冒険心が溢れてしまった時の痛みがわからないんだぁ。


「ま、まぁまぁ……畑、貸してあげてるじゃん……」

「あんたが結局ほったらかしにするから。中途半端にすると害虫の巣窟になるのよ? 今は弟たちがちゃんと管理しているとは思うけど」

「御世話様です……」


 子供の頃の私の思いつきは、大概莉子ちゃんが後始末をつけていたのでした。高校は堅苦しい息のつく場所の無いお嬢様学校のおかげで、さすがにほとんど黒歴史なんて作らなかったけれど、解放されてからはまた何かやらかしそうだなぁ……。

本当に、莉子ちゃんがまた一緒でよかった。


「じゃぁ、そろそろ私は仕事場に顔出すから。芳美は?」

「んーちょっと早いけど、私も仕事場に顔出そうかな。忙しく無かったら谷内田君にコーヒーでも貰って一服すればいいし」

「そう、じゃぁ頑張ってね」

「うん。莉子ちゃんも無理のないようにね!」


 莉子ちゃんは定期圏内の駅で電車を降りると、その駅のすぐそばの友人の家に置かせてもらっているという自転車に跨って、都内とは言え三駅分も離れた職場までものすごい速度で漕ぎ出しました。

 私はというと、スポーツ系少女な爽やかな背中を見送りつつ、暇つぶしがてら町散策をしながら職場へと向かうのでした。


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居酒家 吹き溜まり 酒の飲めない居酒屋店主 @yamasironokami

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