第二十八和 快刀乱麻を断つ…短刀はまぁ、包丁で。
そうこうするうちに、時計はもう間もなく十二時を回ろうとしている。
金髪さんが米人女性に押し倒されて五分以上経過しているが、いまだに莉子ちゃんとヤーさんは驚いて固まったままだ。さすがに驚きすぎじゃないだろうか。
そして、米人女性は店長に怒鳴られても尚、店長の腰元に馬乗りになったまま楽しそうに会話を続けています。
「ヘーイ! でも、ダーリンは良い金髪だって言ってくれたジャナイ!」
「ちげぇ! 金髪でいいなって言ったんだよ!!」
金髪さんは、純粋に金髪に思い入れがあるご様子。でもまぁ、しかしながら、日本語の細かな言葉のニュアンスの違いを外国の方に理解しろという方が無理な話。
その程度で惚れこむのは理解できませんが、言葉の綾で勘違いは同情に値します。
……でも、この人えらく日本語が流暢なんだよなぁ。
「同じでショ!」
「全然意味違うわボケェ!」
「ワタシニホンゴワカリマセ~ン」
出た、外国人が誤魔化すときの定番ネタ。アメリカとかでは逆に、日本人がアイドントスピークイングリッシュ! とか言ったりするんだろうか。
「ぶっ殺す」
「ナラ、私はヌッコロス」
「おいやめ、服脱がそうとするな、警察呼ぶぞこのビッチ!」
「アラ、観衆が多い方がアナタは興奮するなら私はそれでも構わないワヨ?」
「クッソ、離れろ、ファ○キュー!」
「アラ、大歓迎」
あのメロスも檄オコするだろう傍若無人な金髪さんが、驚くことに押され気味ですっかり相手のペースに呑まれています。これは貴重なワンシーンかも知れません。
「店長さんも、敵わない相手がいたんですね!」
「嬉しそうにすんな性悪女共がぁ!!」
「えぇ~……私そんなに性格悪くないんだけどなぁ……」
私は物悲しくため息を一つ吐く。
そして、ふと思い出すように固まっていたはずの二人に視線を向けると、二人はようやく再起動したご様子で、馬乗りされて身動き取れない金髪さんに迫る。
「金髪男! あんた、芳美に手を出して泣かせたってどういうこと! 何をしたか白状しなさい!」
「おぅよ、まずは説明じゃぃ! そんでもって指何本丸めるか決めてから交渉じゃぁ!」
「そうだ、交渉って! 白い粉に三百万円なんて積み上げて、何をしようとしてたんですが! あなたがたが勝手に犯罪に手に染めようが勝手ですが、芳美を巻き込まないでください!!」
「おぉ!? 店長てめぇ、犯罪に手を染めよったんか!?」
「俺はなんもしてねぇ! まずこの糞ビッチ退かせ、話はそれからだ!」
「話を逸らさないでください! あなたは芳美に何を巻きこもうと」
「巻き込むも何も普通に働かせているだけで!」
「じゃぁ、芳美が可愛いからって水商売みたいな真似」
「んじゃとぉ! 店長、それはうちに許可取らんでやってええもんじゃねぇってのはわからぁなあ?」
「まて、そんなことしてないっ」
「ダ~リ~ン!」
「お前はベルトを返せよ糞ビッチ!」
あぁ、阿鼻叫喚の地獄絵図です。莉子ちゃんもヤーさんもカウンターに入り込んできて、狭苦しいところに押し詰めたせいでカウンターは封鎖されています。しかし、マスター君はそんなことを気にかける様子も無く、カウンターの外を回って焼けたマルゲリータをヤーさんの席に運びます。アルミホイルをかけ、そのうえにさらに焼いた石を乗せているのは、どうやら保温のための気遣いのようです。
『はぁ、明日も仕事があるのに……』
『これじゃぁ、終電はもう間に合わないかな……』
お客さんたちの嘆きと諦念の声が漏れ聞こえます。お店で好き勝手に遊ぶのは結構ですが、お客さんそっちのけで帰るに帰れなくしたままというのはいかがなものでしょうか。各々用事があるでしょうに、もう十二時を過ぎています。人によっては終電がなくなる頃合です。このままお客様を放置するのは頂けませんね。ちょっと怒りが湧いてきました。
「ちょっとみなさん、そろそろ終わりにしません? お客様に御迷惑ですし……」
声をかけてみてもワーワーギャーギャーと喚き合って声が届いた様子はありません。
そもそも、みんな落ち着いて話せばいいのに頭に血が上りすぎじゃないですか? なんだか話もへんに拗れているだけの気がしますし、冷静に整理すればもめる事でもないかもしれないのに。
「みなさん、いい加減にしてください! あれですよ、ほら、あれ……えっと、私も本気で怒っちゃいますよ!!」
だめだ……聞こえる様子が無い。この絡まった毛玉のような状況を切り開くには……そういえば、快刀乱麻を断つって、めんどくさがって懐刀でバッサリって言うお話でしたね。急がばいっそ突き進めみたいな。
えっと……あった。包丁って、懐刀の代わりに……なりますよね。たぶん。
「みなさん、いい加減に……」
大きな音で威嚇しようと、まな板の上で思いっきり振り上げます。
「しなさいっ!!」
「うぇ!?」
「ワァヲ!?」
「なんだ!?」
「ひぃっ!!」
あれ、おかしいな。皆さん想像以上に怯えていらっしゃいます。
なぜ、この世の悪夢を見るような顔をなさるのでしょう。こんな可愛い子の顔を見てする反応ではありませんね。
莉子ちゃん、怯えすぎですよ。いつもあんなに強気なのにどうしたのです?
ヤーさんも、何を小娘相手に驚いた苦笑いなんか。でも、顔が引きつるだけで怯えはしないんですね。まぁ、私の顔を見て怯える要素なんて皆無なのですけれど。
あら、ビッチさん、先ほどまでの精力お盛んな元気はどこに行きまして? 精力はホームランされましたか? そこに使い物にならないバットが落ちていますがゲームを再開なさるおつもり?
あら、金髪さんが真っ青な顔するなんて、そんなにそこのビッチが怖いのかしら。それとも私に怯えているの? どちらにしてもいい気味だわ。
「他のお客様のご迷惑になっては、いけませんよね?」
「そ、そ~だ、小次郎さん、早くお店に来るなら行ってくださいよ~。それに、流石にそんな格好だとね、ほら、お客さん威圧しちゃうし?」
「お、おぉ! わ、悪かったなぁ~気が回ってなかったぜ。せめて、もうちっと愛想良い笑顔でも振りまいとくべきだったかねぇ」
「ダ、ダーリン。これ、ヨッシーがチーズ切らしちゃったって言っててね、えっと、アレ? なくなってル……」
みなさん、急になんだか余所余所しく乾いた空気で会話し始めます。どことなくうそ寒く白々しい感じがしますが、なんでこうなったのかは不明です。
「それなら、さっきマスター君がピザにしてお客様の所に提供してありますよ」
「そ、そうか~悪いなぁ。あ、ちなみに紹介しておくとこの黒服の人は剛田小次郎さんって人で、流通関係でまぁ、いろいろお仕事しているそうだ」
「へぇ」
「あ、そうそう店長よ、これ、アンパンの材料にってやつな。あと、事務所の家賃と雑費諸々」
「おぉ、ついに天然酵母が手に入ったのか」
え、天然、酵母? この粉がですか? え、アンパンって、え?
「天然酵母、なんですか? この粉」
「当たり前だろ。それ以外のなんに見えるって言うんだ」
「いや、でも粉だし、持ってきた人が……それにアンパンって……」
「何を勘違いしているかは知らんが、どうしても夜通しの仕事の為にアンパンが食いたいって我儘な客が居てな、この前コンビニのアンパン買って渡したんだが、手作りのパンが食いたいと我儘言いやがってな」
「はぁ……」
「で、深夜に空いているパン屋なんてないから、此処でアンパンを提供してくれってうっさいから材料調べたら、流石にこの店には酵母なんておいてない。天然酵母なんて簡単には入手できないから、流通関係の小次郎さんに頼んだわけだ」
「なんだ……」
いろいろ驚いて損をしました。何ですか、三百万円に白い粉を黒服の厳つい人が持って来たら誰でも勘違いしますって。
「ね、ねぇ、芳美……」
「ん? どうしたの莉子ちゃん」
「もぅ、怒ってなぃ……?」
うはぁ……これはこうかはばつぐんだーもう涙目でびくびくしながら上目遣いのツンデレ娘に勝る破壊力はありませんね、えぇ。
「だ、大丈夫だよ! というか、そもそも怒ってないよ?」
「ほ、本当?」
「うん。十二時回っちゃったけど、今日は好きなだけ食べていいから店長さんのおごりだって」
「え、まて、俺奢るとは」
「奢ってくださるんですよね?」
「……ハイ」
満面の笑みで威圧的に言うと、あっさりと折れてくれました。別段私の奢りでもよかったのですが、そうすると莉子ちゃんは受け取ってくれない可能性がありますし、何よりこれだけ傍迷惑な騒動起こしてくれたんですから、この程度の償いはあってしかるべきだと思うのです。
「おぉ、ピザが冷めない様に焼き石まで置かれてるじゃねぇか。ありがてぇ。まぁ、なんだ。客がいつの間にか全員居なくなったんだ。ひとまず貸し切りみたいなもんだし、パーといこうや!」
「ナイスアィディアよ、ジャパニーズマフィアさん。オゥ、小次郎? アナタはいける口かしラ?」
「おぉ、飲み比べでもするかいメリケンねえちゃん。ほら、店長、酒だ、酒持って来い! ほら、そこの嬢ちゃんはもう仕事切り上げて友達と飲み食いしときな」
ヤーさんとステフさんはどうやら気が合ったらしく、ジョッキを鳴らして宴会モードです。
「ふふ、そうですね。じゃぁ、店長さん、後お願いします。ほら、マスター君も」
「そうだね。今日は僕も疲れたし、そうしようか」
「ちょ、ちょっと待てよお前らぁ!!」
この後、結局店長さんもお酒を飲んで、私と莉子ちゃん、マスターで店じまいと後片づけをしました。いろいろ不安や驚き、怪しさなんかはありますが、それら諸々に対する懸念はどうやら吹き飛んだようで、莉子ちゃんはなんだかんだ楽しそうにヤーさんこと剛田小次郎さんと語り合っていました。というか、流通業と言ってもあからさまにカタギではなさそうなのだけど、そこらへんはスルーなのかな。
ヤーさんは、此処からそう遠く無いところで金髪さんから事務所を借りているそうです。
金髪さんは案外資産家なのかもしれません。寂れているとは言え、小さなビルを所有しているのですから。でも、そう考えればこそ、此処で利益を出さずに生計を立てている理由が解ります。
でも、そちらで生計立つなら、無理して赤字すれすれのお店を経営することも無いんじゃないだろうか……私達には有難い限りだけど。
アメリカ出身のステファニー・ガーランドさんは、ステフさんの愛称で親しまれているらしい。この人はどうやって生活しているか、どこに住んでいるかなんかは金髪さんですら知らないそうだけど、また、一切の興味はないらしいけれど、一方的な通い妻で雇われてもいないのに仕事を手伝いに来るらしい。
この店と金髪さんは、特異な人を引き付けるのがお得意のご様子で。
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