第二十七和 金髪極道親友店長。
途中からいつの間にか消え失せていた危機感は、別の形で復活を遂げました。ものの三分の出来事です。キリストさんも復活に三日かかったのに、危機感は三分もあれば復活するんですね。驚きですよ、はい。
「ぁぇっと……り、莉子ちゃん、その……いらっしゃい?」
「い、いらっしゃいじゃないわよ!! こ、この状況は何!?」
扉を完全に開け放ち、怒気を滲ませて扉の位置で肩を怒らせる莉子ちゃんは、今まで見たこともない表情と聞いたこともない怒声で叫びました。
ヤーさんに怯えていたわりに大胆です。むしろ、ヤーさんが気圧されてグラサンずれています。マスター君はペペロンチーノを提供する最中で、苦笑いした後は無表情に戻り、淡々と莉子ちゃんに出すお通しとコーヒーの支度をします。
コーヒーだすお客様に、お通し出すってのは組み合わせ的に如何なものだろう。
「な、なんだぁ? 随分と活きの良い嬢ちゃんじゃねぇか。うちの店で働くにはちっとばかしスレンダーが過ぎるがなぁ」
「な、まさか芳美、あんた水商売に手を出したんじゃ……それに、その手元にあるのは何!? いや、もう言わなくていいわ。見損なった! あなたはそんな人じゃないと信じてたのに!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、わ、私にも何が何だか……」
はやく誤解を解かないと、流石に笑えない状況になりそうです。ヤーさんに殺されるかもしれないと感じた時以上の恐怖が込み上げます。莉子ちゃんと絶交なんて想像しただけで吐きそうです。
「嘘つかないで! 私があれだけ心配したのに、関係ないから安全だなんて言って……見えないところでそんなことをっ!」
「ほ、本当に違うんだって!? ほら、黒服さんも何か言ってくださいよ!」
「え、おぅ? おぉ、そうだぞ! 無関係だ!」
そうです、もっと言ってあげてください。やればできるじゃないですか! 言葉がなんかすごく適当ですが。
「あなたみたいな人の言うことが信じられるものですか! 私がどうなろうと、その子だけは絶対に守りますから! その子に何かあったら絶対許しませんからね!!」
莉子ちゃんも混乱しているのか、なんだかんだ私を守ってくれるそうなので少し安心です。絶交する相手を守るなんて言わないよね? とりあえず、じっくりと誤解を解くことは出来そうですね。
「俺は此処の店長に用があって来ただけだ。この嬢ちゃんは関係ないぞ。そんな事より、此処の店長の方が悪党だ。この嬢ちゃんに手を出したみたいで」
「な、なんですって!?」
「……え?」
そんな事は言っていないのですが。
……話しは、さらにややこしくなってしまったようです。はぁあぁ……ご勘弁。
「ど、どういう事!? 大丈夫なの芳美!」
「えっと、だからね、ゆっくり説明するから聞いt……」
「おい、なんださっきから騒がしいな。ステフは帰らせろっつたろヨッシー」
「お、店長居るじゃんねぇか!!」
もう、ほんっといや……勘弁してほしいです。なんでよりによってこのタイミングで出てくるんですか金髪さん……。
「あなたが店長さんなのね……うちの芳美に手を出した糞野郎は……」
「まぁまて嬢ちゃん二号。こういう汚れ役は俺らみたいな人種に任せときな」
「いえ、それは悪いですし、何より私がこの手で始末しないと……」
いや、なんでさっきまでいがみ合ってたあなたたちが共闘しているんですかねぇ!? ちょっと待とう、私の話を聞こうとしないのはなぜ? 冷静になってよもう……二号とかうちのとかいろいろ突っ込みたいところはあるけれど、というかツッコミは莉子ちゃんのお仕事なのだけれど! それより今は止めないと。
「ちょ、ちょっと待って二人とも!」
「なぁ、芳美。何が起きてんのこれ」
「こんの糞レイプ魔の分際で芳美を呼び捨てにしてんじゃねぇぞ金髪!!」
「そうだぞ店長。こんな気の良さそうな嬢ちゃん泣かせるなんて、ちとばかし焼き入れる必要があらぁなあ?」
「え、ちょま、何が起きた!?」
あぁ、もうこれは止められそうにないや……二人で前後を挟み込むようにしてカウンターを乗り越えようとしてるし……というか、椅子汚れるから土足で上がらないで。
「おい、芳美! 何が起きてる!? 説明しろ!」
「えっと……骨、拾っときます?」
「ふっざけぇ!!」
まぁ、こう内出血くらいで済むだろうなんて考えて、諦めてさじを投げた矢先のことです。
私の目の前を金髪のふわふわした何かが高速で通り過ぎました。
目に留まらぬ速さで金髪さん目掛けて突っ込んできた物は、どうやら人らしい。と認識したころにはドンガラガシャーンという、壮大な破壊音を鳴らしてそこに居ました。
「ハァイ! ダーリン!! 遅くなっちゃってごめんね!」
突然の出来事に、私を含めた莉子ちゃん、ヤーさんの三人は動きを止めて唖然とします。
扉のあたりから大ジャンプをかました彼女は、そのままカウンターを飛び越えて金髪さんの胸元に見事着地。その運動神経に驚きです。そして、半ば弾丸タックルをかまされた金髪さんは、後ろの棚に後頭部を強打して白目を剥いています。
普段から地震対策でお酒なども簡単に落下しないよう対策されていたのが功を奏したのでしょう。被害はというと、カウンターの上にあった調味料や食器が使い物にならなくなったくらいです。
「ダーリンも私に会いたいだろうと思って急いできたんだけネ、どうにもっていうから……って、あれ?」
偏見ですが、どうにも性格やら容姿やら雰囲気やらで見たところ、彼女は米国人のようです。
金髪ロングのグラマラスでないすなばでぇは若干の嫉妬を覚えます。いや、まぁ別にスタイルとかあまり気にしないんですが。……さすが米国人。
夜の居酒屋に文字通り飛び込んできたこのジャンキーは飲む前から自分に酔っているご様子で、金髪さんを抱きしめて離さず、自画自賛を繰り返していましたが、ほどなくして金髪さんが気絶していることに気が付くと、何を考えたか酒棚の酒に手を付けました。
「って、え、ちょっと!」
「ダーリン? お~き~て~ヨォ!」
彼女は手に持った酒の栓を抜くと、おもむろに店長の頭上に浴びせかけました。
「ぶわっは! な、何が……って、おぃゴラァ! ステファニー! テメェはうちにはもう出禁だっつってるだろうがぁ!!」
「え、でもさっきヨッシーが言ってたワヨ? ダーリンが私に会いたがってるって。それで、二人で愛をささやきあうためにワインは用意したから、チーズをありったけの種類買占めて来てほしいって」
わぁお。マスター君、この人にチーズ買わせたわけね。
ようやく分かってきた。マスター君は、この人が来ることを知っていて、店長はこの人を嫌がって隠れてたわけだ。で、ヤーさんは別件で偶然来て、いつも店長と何らかの取引する時間よりだいぶ早まって、運悪くこの事態にバッティングしてしまったという訳ですね解りません。
などと苦笑いしてこの光景を眺めていると、いつの間にか料理の為にバック……もとい厨房に戻っていたマスター君が姿を現し、米人さんが持っていたレジ袋を拾い上げると、何事もなかったようにバックに戻ろうとします。
「ちょ、ちょっと待ってマスター君」
「なに」
「ははは……さっきの任せろって言った時に電話したんだよね。電話だと、マスター君って結構饒舌なのかな?」
マスター君は一つ大きくため息をついてからこっそりと話した。
「あの人、ステファニー・ガーランドさんって言うんだけど、人の話聞かないのと、妄想が病的なんだ。薬やっててもおかしくないハッピーな思考しているんだよ」
薬……嫌な件を思い出しました。私はアンパン製造に一つ噛まされそうになっているんでした。何かの間違いだと祈るばかりですが。
「じゃぁ、あの随分キザな台詞、言って無いの?」
「あの内容の二割くらい。キザにはしてないはずだけど。あとは脳内変換と豊かな妄想力の賜物だね」
「ははは……妄想力凄まじいのは日本人の専売特許とばかり思っていたよ……」
「え?」
「あ、ごめんなんでも無い」
しかしまぁ、カオスだなぁ。
今日はいつも以上に異常な事態で、どうやら今宵が明けるのはまだ先の様子です。
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