第二十六和 在っても無いようなもの。それがメニュでしたね…そういえば。
「じゃぁ、おいちゃんはマルゲリータ一つと、あの辛いパスタ一つ戴こうかね」
「あ……あぁ……」
私は、注文を受けた時にハッとしました。
「どうしたんだい、あんぐりとなんざぁして」
「い、いえ! 承りました!」
薄々感じたいやな予感は見事的中です。途中から私の様子を見て察していたのか、息を呑んでみていた皆さんも項垂れてお通夜ムードです。どうやら、私の反応からすべての意図を汲み取ったのでしょう。
洒落にならないので黙祷をささげないで、いや、お経もいらないんでっ!
……そう、第一の過ちは、メニューを渡してしまったことです。
自慢にはなりませんが、この店のメニューはメニュー表の中だけでも百を超える種類があり、ドリンクはまた別にしているほどで、それでも載せられない分は壁に張り紙するほどです。
麻婆豆腐などの中華から始まり、芋の煮っ転がしや焼き魚があれば、ピザやパスタ、シチューに味噌汁、タコ焼きにお好み焼き……果てはどこかで買いこんだだけのドーナッツまで。
しかし、問題なのはそこではないのです。このほとんどが常時品切れで、とてもメニューと呼べる代物ではないのです……。
「ねぇ、芳美さん。今って確か……」
えぇ、マスター君が案じる通り案の定です。
「ごめんなさい……チーズの類は全て……」
「だよね」
「もし、何かあっても私がどうにかするから。あ、安心してね!」
「あぁ……頼りないかな。僕がどうにかするから、芳美さんは接客お願い」
「え、うん! 解った!」
マスター君、苦笑いしつつも以外に落ち着いていました。私より大人かもしれないですね。策って、何をするんだろう……? ひとまず、私は目の前のヤーさんのご機嫌取りに励みます。
「いやぁ、わりぃねぇ。ところで店長さんって、今どこに居るのかな。ちょっとおいちゃんは用があるんだけど」
「あ、えっと……その、今は少し所用でして……」
「あーそう? まぁ、早く始末がついて、予定前に着いちまったからねぇ。あぁ、そうそう。それと、コイツも頼まれもんだったな」
し、始末!? って、何を!! なんて驚きつつも雑談で場をつなごうとした矢先、ヤーさんはとんでもないものを取り出しました。えぇ、それはもうとんでもないものです。
よく刑事ドラマで見る展開に、もはやここまで来ると感動さえも覚えそうです。黒いジャケットのポケットから出てきたのは、密封され、真空パックになった白い粉を詰めた袋でした。
見るからに、例のあれです。金髪さん、とんでもない取引をしているんじゃ……本当に巻き込まないでほしい、今日生きて帰れたら絶対やめてやるんだから!
あぁ、でもバイトでもやめるって言ってから二週間くらいは勤務しなきゃいけないんだっけか……嫌だなぁ。
「どうしたんだい? そんなに固まっちまって」
どうしたも何も、普通の人はこれを見れば固まると思うのですよ。三百万の塊に、真空パックされた白い粉。明らかに香ばしい取引現場ですよこれ。ちょっと待ってください、金髪さんと一対一ならまだしも、私みたいな人の目の前に堂々とだしていいものなんですかこれは!? それとも、素人はどうせわからないだろうと? 嫌々それは無いですよね。
え、じゃぁ何? お客さんもいるのになんで堂々と……あぁ、でもそういえば、昨今は住宅街ですれ違いざまに取引や、あえて怪しまれない様にお天道様のもとで取引すると聞いたことがあります。なるほど、そう言う事なのですか……まずい、このままでは私まで御縄になるのでは……。
「ほいさこれ。店長に渡しといてくれないかぃ?」
「これ……」
ヤーさんはニコニコとその粉の袋を私の手に握らせます。とても断れる空気ではありません。でも、勇気を振り絞って声にします。
「あの……これは……?」
「あぁ、これかい? 店長がアンパンやりたいって言ってよ。で、これが欲しいって。ただ、作れんのかってぇ聞いても、最近入った若い奴にできそうなのがいるから、適当にやらせるって言うもんだからな」
……若い奴って、私と谷内田君以外にも数人はいますが、最近入ったとなると、私しか、居ないですよね……あぁ、こんなことなら、莉子ちゃんの忠告をもっとまじめに聞いておくんだったぁ……。
「ったく、もののついでってもな、流石においちゃんらをこんな馬鹿にしたパシリに使うのはあんたんとこの店長くらいだよって……何を泣いてるんだね?」
「ごめんなさい、お父様、お母様……私は親不孝者でした」
まさか、ネタ程度、若しくは店長さんが傷害罪で……くらいはあるかと思っていましたが、本当に青服さんのお世話になる日が来ようとは……これは私も捕まってしまうんですよね。きっとそうならなくても、秘密を知った以上は……あぁ、もうおしまいだぁ……。
「うぉ!? オイオイオィ、嬢ちゃん、馬鹿言っちゃいけないぜぇ? あんたはほら、まだわけぇじゃねえか。そう悲観的になるんじゃねぇよ。親孝行だってまだできんだろ? な? 悩みがあんならここで会ったも何かの縁だ。力になってやろうじゃねぇか。金か? 男か?」
「悪いことなんて、人生の内でほとんど……あんまりしてこなかったのに……」
「お、おい! 泣くんじゃねぇって! わ、解った! 嬢ちゃんを泣かせる奴は問題ごとなかったことにしてやっから、な? 誰だ?」
兄と莉子ちゃんには、毎日のように悪戯か面倒をかけてはきたけど。
「警察に捕まっちゃうんだ……店長さんの所為で……」
「ぬぅぉおおおおをををを!! 店長の野郎! こんな純情そうな嬢ちゃんに何してやがんだぁ!!」
なんだか、このヤーさん実はあんまり悪い人ではないのかもしれません。初見ではヒヤッとしますが、会話してみると案外話の分かる人の様子。
そんな事を考えていると、扉がガチャリと音を立て、ゆっくりと開かれました。
「すみません、居酒屋吹き溜まりは此処でしょうか……? 私の友人がいて……あ」
ドラマチックな状況を半ば楽しんでいた私は、莉子ちゃんがやってくることをすっかり忘れていました。
これは……話が余計拗れる気がしますね! はぁ……。
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