第37話 エピローグ

 冬休み――外では雪がふわふわと優しく降り積もっている。

 美島虎太郎は外の寒さに凍えることなく、暖められた自室でネットニュースを眺めていた。これが日課であり、これが虎太郎の情報源の大半を占める。


「アースヴィレッジ……とうとうなくなるんだな」


 碧は後堂と共にすべてを公表した。雫に託されたあの事件の真相を。七年前なにが起こり、なにを失ったのか。そしてそれにたったひとりで悩み立ち向かった藤田雫という女性のことを。


 株式会社アースヴィレッジ代表取締役社長――片山劉玄。そして関与した他六名はすべてを認めた。しかし第四世代アンドロイドについての話題は、どのテレビ番組、サイトを見ても触れられることはなかった。


 それもそうだ。今では世界的に普及している〝AZ〟を進化させ、軍をも脅かす兵器としてすでに完成させているなど誰に言えようか。七年前のあの事件、そして先日雫が起こした事件のことはすべて話したが、実は第四世代についてだけは公表していない。片山劉玄たちもその件については触れないでいてくれているようだった。


 そう。誰にも知られてはいけない存在なのだ。だがそれも時間の問題だろう。現にそれと出くわし戦ったNMTがいる。今後完全に崩れてしまったあの研究所を調べれば必ず知られてしまうだろう。

 そのようなわけで、社長含む責任者クラスの人物が危険な実験を企て、殺人を隠蔽したことが明るみになったアースヴィレッジは解散、これから〝AZ〟の権利を次にどこの会社が得るのかを決めるそうだ。




 片山が後堂に渡したデータによると、第四世代は残念ながら軍事目的で造られたようだ。《クレアシオン》などの未知の技術については詳細が載っておらず、不明な点がまだ多い。それぞれの個体が外見や年齢、性格に様々な特色を備えていたのは、どの国、街に行ったとしても溶け込みやすいようにするためだという。


 だが一つのメモデータにこのように綴ってあった。


『僕の罪は果てしなく大きい。今後この技術が発展していけば、必ず大きな争いが生じるだろう。技術の奪い合いの戦争、更にその技術を用いた戦争。その火付け役になった僕はきっと罰せられる。いや必ず罰して欲しい。僕はそれだけでは済まないことに加担しているのだ。今回の第四世代アンドロイドシリーズにも僕は関わった。残念なことに彼女らは軍事用として開発された。だが僕は、戦いは好きではない。こんな奴がなにを言っているのだと笑われるかもしれないが、本来僕がつくろうとしていたものは、人がロボットと助け合い、友情を深めていく。そんなものだった……。人とロボットには大きな隔たりがあるため、数多くの問題はあるかもしれないけれど、それを乗り越えてまたひとつ友情が育まれるのだ。僕はロボットと友達になってみたかった。一緒に笑い合えるロボットが欲しかった。ただ、それだけだった。きっといつか実現できるはずだ。それがいつか、誰が最初かなんてわからない。もし友達になれた人がいるなら、それは誇っていい。誰にも笑わせたりはしない。ずっとその子と友達でいてほしい。

 ああ、愚かなことをした。後悔ばかりでどうしようもない。だから僕は、今回の開発機一体にある仕掛けをした。これはせめてもの償いだ。やはり僕はこれから生まれる彼女らに嫌な思いはさせたくない。だから、君にすべて任せようと思う。君なら、きっと彼女と友達になれるはずだ。みんなを救ってくれるはずだ。最後まで迷惑をかけて本当に申し訳ないと思っている。でもきっと僕にできなかったことができるだろう。

 ――アンドロイドの未来が輝けるものであると僕は信じてる』



 これがアンドロイドのあるべき姿。虎太郎の理想と合致していた。確かに製作の本来の意図は軍事用だったのかもしれない。しかし片山は自分の夢を最後まで諦められなかったのだ。

 この文を書いたことから推測すると、もしかすると自分は近いうちに罰を受けるということ、そしてそれを悪用する者が現れることを薄々感じていたのかもしれない。だからアルメリアを造り、自分に託した。


 何故自分にアンドロイドの未来が任されたのかまではよくわからない。あの事件に関わったことが大きな理由の一つであるのかもしれないが、それだけなのだろうか。アルメリアを失った今、自分にできることはあるのだろうか。

 いや、きっとあるはずだ。

 ネットを巡回していると、ピコッという効果音と共にメールアイコンが表示された。それをすぐにタップする。


 

送信者:担任

宛先:二年C組生徒

 

   二〇日締切

   よろしく!


   『添付ファイル』《進路希望調査》



 舌打ちは我慢した。

 自分にできることが決まったばかりだったからだ。


 虎太郎はすぐに添付書類に必要事項を入力して担任に送り返した。

 いつも提出がぎりぎりになる生徒の早すぎる返信に驚いたのか、担任から驚いた様子の文面がすぐに返ってきた。


『お前いいのか、深い事情は聞いてないけど、あれなんだろ? アンドロイドだめなんだろ? いやお前が克服したいっていうなら先生は力を貸すぞ、うん! 頑張れよ!」


 この進路に進むのは数ヶ月前では絶対にあり得なかった。自分でも驚いているのだから担任が驚くのも無理はない。


「ネットも我慢だな。勉強しなきゃ」


 そういえば片山のデータからわかったことがもう一つある。


 第四世代の型式――『AnN‐A』シリーズ。


 これを続けて読むと、ANNA――「アンナ」になる。


 片山郷剣の遊び心なのかは知らないが、これを知ったときは思わず虎太郎も苦笑いした。


「にいさーん。ごはんできたよー」


「ああ、わかったー」


 今日の昼ごはん当番は蒼穹だった。虎太郎はネット画面を閉じ、軽く背伸びをして椅子から立った。部屋の片隅にはアルメリアたちのために買ったあの服屋の袋が置いてあり、虎太郎はそれを見ながら部屋を出た。


 アルメリアとソニアが戦闘を繰り広げたリビングはすでに修復済み。天井に屋上まで続く大きな穴を開けたこと、テレビやその他諸々を破壊したことについては、碧と虎太郎によるプロレスごっこによるものであると言い訳し母親を納得……させられなかった。


 だが事情を話すと(AZの戦闘だとは言えないが)、ひどく心配してくれていた。その後数日は大切な会社を休み、怪我をした虎太郎の面倒までみてくれたほどだ。


「姉さんがいない食卓にはまだ慣れないねー。小うるさくなくていいけど」


「ははっ。そうだな」


 碧はあれから一人暮らしを始めた。そして大学を辞めた後堂と共に、街で〝AZ〟入店可能の喫茶店兼修理屋をオープンさせた。後堂の所有する〝AZ〟スタッフが美人揃いのため、なぜか現在あの場は〝AZ〟オタクの集いの場所としてよく使われている。修理屋としては後堂と碧は優秀で、高齢者オーナーからよく依頼を受けているそうだ。虎太郎もたまに顔を出すが、オタクたちに支配された店内は妙に居心地が悪かった。碧がたまに客に向かってキレているのは、今ではひとつの名物イベントになっている。


 昼食に手をつけ始めた時に虎太郎のネクケーに着信が入った。


「姉ちゃん? どうしたそんな興奮して? ――うん。――うん。え?」


 その後何度か驚くような反応を見せたあと、虎太郎は通話を終了させた。


「どうしたの?」


 エプロン姿の蒼穹がキッチン越しに問う。


「後堂さんが……やってくれた」


「え?」


「アンナの、アンナだけじゃない。ソニアや他のみんなの……記憶のバックアップが見つかったって!」


 蒼穹は冷蔵庫から出したお茶のペットボトルを落とし、驚きと嬉しさのあまり両手を口にあてた。そして一瞬にして涙が溢れ出した。


「あの時調べたソニアの記憶媒体が、第三世代と違って内蔵型だったから絶望的だと思ってたんだけど、後堂さんはずっと調べてくれてたんだよ。存在するかもわからないサーバーをずっと。でもさっき見つけたって」


「じゃあまた……」


「また会える」


 こんなに嬉しいことは久しぶりだった。悲しいことが一気に起こりしばらく暗い生活を送っていたさなか、後堂に言われていた小さな希望。それが今現実になったのだ。

 



 人間とアンドロイドの関係――それはただの服従関係だけなのだろうか。

 そう考える人が多くを占める。アンドロイドは働く機械であって、決して友達ではない。   


 だが、ここにアンドロイドと良い絆を持ち、信頼関係を築いた者もいる。

 そんなことが何故わかるのかと聞かれれば、答えるのは簡単である。

 アンドロイド本人がこう言ったのだから――



 あなたはわたしの友達です――と。

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AZ《アズ》―君とまた会う日まで― 真堂 灯 @akari-s

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