本作はクリスティの名著『ABC殺人事件』にインスパイアされたシリアルマーダーミステリーです。原典ではA,B,Cの順番に、イニシャルが一致する町で、イニシャルが一致する人物の死体が発見されるという筋立てですが、本作は日本らしく、い、ろ、はの順番で事件が続いていきます。
原典のABC殺人事件もそうなのですが「文字の並び順の見立て殺人」というのは、童謡や伝承の見立てのような呪詛性、物語性はありません。事件の連続性を保証する(あるいは仮構する)だけの究極に記号化された見立て――それが「文字の並び順の見立て殺人」の本質と言っても過言ではないと思います。
ではその究極に記号化された見立ての裏にどのような“真相”を潜ませるか。
本作の場合は“トリックの理”であると同時に、犯人の“心の理”とも合致した魅力的な真相が潜んでいるように思います。この辺りも筆者のクリスティ愛のなせる技なのかも知れません。
一点引っかかったのは探偵、助手を含む捜査陣のキャラクターの多さです。わたしも含めて始めて安堂理真シリーズを読む人間には、なかなか整理するのが大変なのではないでしょうか。むしろキャラクターを絞って、探偵・安堂理真がこの事件を通じて何を思ったのか、どう変化したのか、その“心の理”にも、もっと文字を割いてくれれば、より物語を楽しむことができたのではないかと思います。
短めの話数を見て気軽に1話目を覗いた人は、その文章量に一瞬怯むかもしれない。それくらい、1話ずつが濃密なのだ。
しかし、決して読みにくいわけではない。
登場してくるキャラクターたちは、まるでシリーズを通して慣れ親しんだかのようにすっと頭に入ってくるし、そのキャラたちによる絶妙な掛け合いは、ついシリアスになり過ぎるミステリをほどよく読ませる緩衝材のような役割を果たしている。素晴らしい。
事件自体は作中でも触れられているように、かの有名な『ABC殺人』を想起させる謎の連続殺人事件であり、モチーフとしては王道といえる。だが、個人的にはあくまで“現代”を舞台としたうえで、その古典的モチーフに正々堂々挑んだ本作は、非常にワクワクしながら読むことができた。
特にハウダニット(どうやって)・フーダニット(誰が)・ホワイダニット(どうして)の謎を見事に収束させていく結末は、非常に完成度が高い。さらに欲を言えば、もっと“裏切られた”という驚きを感じたかったところではあるが、これだけの要素を詰め込んで破綻させずに完結させている時点で星3では足りないくらいだと思う。
情報量の多いタイトルが氾濫するWEB小説の世界において、洗練されたシンプルな題名であるがゆえに、埋もれてしまうことがないか。私はそこだけが気がかりである。カクヨムのミステリ好きにはぜひオススメしたい一作。