第8話
夢を見た。
何万、何十万という大軍を相手に、1人で立ち向かうある槍兵の夢。
味方の兵は姿は見えず、
敵方の兵は憎悪と敵意を叩きつける。
そんな中、槍兵は
無謀に見えたこの戦いは、槍兵の勝ちで終わる。
撤退する敵軍。
勝利の雄叫びを上げる槍兵。
それはなんて輝かしい槍兵の夢なのだろうか。
*
次の日から、陽たちは忙しくなった。
レティシアは陽たちの新コミュニティ設立のため、三人に別々の課題を与えた。
織にはクロアの元で、経理を学ばせた。
織は頭が良いので、必要なことをどんどん覚えていっているらしい。
練花は子供達-特に年長組と一緒に畑仕事をしている。それが終わったら、各種雑用を学ぶらしい。
コミュニティをやっていく上で、コミュニティで農場を持ち、収入無しでも食っていけるようにするのは必須出そうだ。
陽は最初に教える程重要ではないと思ったが、レティシアがそう言った時、それに激しく同意していた黒ウサギの顔を見ると、反対はできなかった。
そして陽は、先輩の業務を手伝っていた。
それはまあ、当たり前と言えば当たり前なのだが、コミュニティの頭首を決める際、2対1の多数決で陽が頭首となったからである。
誰が誰を指名したかは言うまでもない。
という訳で、陽は先輩の秘書となっていた。
仕事は
「先輩。書類の作成、完了しました。」
「ありがと。そこの引き出しの二番目の棚に入れといて。」
「分かりました。」
「次はなにをすればいいですか?」
「次は…、」
耀は一回そこで会話を切り、少し考えてから言った。
「もうすぐ、商談がここであるんだ。いい勉強になるから、ついてきて。でも、大丈夫。商談自体は私がするから、陽は軽い見学のつもりでいいよ。」
「分かりました。」
“ノーネーム”に商談の依頼が来るのは稀ではない、ここは下層有数の、というか一番の金剛鉄の採掘場兼卸売店なので、金剛鉄を売ってもらいによく他のコミュニティがやって来る。
「今回は何処のコミュニティなんですか?」
「最近、勢力を伸ばしてきている若手の商業コミュニティだね、名は“コノート”。まだ7桁だけど、もうすぐ6桁に上がるかもって噂のコミュニティだね。じゃ、待たせるのも悪いし、応接室まで先に言って待っておこうか。」
そう言って耀は応接室に向かった。
*
取引先が着たのはまもなくだった。
陽は取引先の顔を見て驚き、顔が崩れかけた。
なぜなら相手はシルラとカラティンだからだ。
だが、相手は陽に気づいた様子もなく、取引が始まった。
「
「私はコミュニティ“ノーネーム”頭首、春日部耀、こちらこそよろしく。」
そう言って耀はシルラに対し、手をさし出す。
シルラもこれに対し手を出し、握手を交わした。
「では、商談を始めさせていただきます。私たちコノートに対し、金剛鉄を売って貰いたいのです。買取価格はギフトゲーム“金剛の鉄火場”でノーネームが買い取る価格の2倍。量は10トンでどうでしょう。」
これを聞いて陽は驚いた。普段“ノーネーム”はコミュニティ“六本傷”に金剛鉄を卸しているが、買取価格は永続契約の代わりにかなり安くなっていた。たが、それにしてもこの価格は破格だ。
なので、この商談を受けるだろうと思っていた陽の予想は裏切られる。
「悪いけど、その商談には乗れない。」
耀のきっぱりとした拒絶に対し、シルラはそれでも変わらない調子で問いかける。
「どうしてでしょう?これは確実にノーネームが得をする商談ですが?」
それに対し、陽も変わらない調子で答えた。
「確かに、この商談では私たちは得をする。でも、金剛鉄を10トンもの量、もしコノートが全て市場に即売すれば、金剛鉄の原価が暴落する。すると、私たちは損をする。そして、これはあなた達の手口。違う?」
ここで初めてシルラの顔が変わる。たが、それは屈辱的な顔ではなく、玩具を手に入れ損ねたような残念そうな顔であった。
その事実に陽は背筋に寒気が走る。
「ふうん、残念。やはり下層有数のコミュニティを落とすのはまだ早かったようです。でも金剛鉄がいるのは本当。ねぇ、1トンで良いので売ってくださらないかしら?値段はそのままでいいわ。もちろん、“ノーネーム”、“六本傷”の市場では売らないと誓いましょう。」
かなり妥協してきたところを見ると、これが本命、なのだろう。
最初にふっかけておいて、二番目に本命を持ってくる。商売のやり口としては初歩だ。
と言っても、先の先輩の話を聞く限り、“コノート”には10トンでも買い取れるだけの金があったのだろう。
…どれだけ金持ちなんだか。
ただ、“コノート”の妥協により、普通の商談となったはずだ。これを承諾して商談成立、と思った陽をたしなめるように先輩が言った。
「不十分。その上で法に触れてない真っ当なコミュニティに売ると誓える?」
その言葉に陽はハッとなる。“ノーネーム”は地域支配者であり、たとえ下請けを通したとしても、犯罪を犯したコミュニティに売ってはいけないからだ。
だが、シルラは当然のように答える。
「誓えます。なんなら
「わかりました。それなら売らせてもらいましょう。引渡しと契約書類はまた後日に、今日は書類だけでお願いします。」
そう言って耀はシルラに書類を差し出す。
シルラは書類を受け取り、サインを記入する。
これで商談成立だ。ふぅ、と陽は軽いため息をつく。
そこで、シルラが唐突に口を開いた。
「ところで、横に座っておられるのはどなたでしょうか。」
「ひゃい。」
思わず変な声が出てしまった。先輩の視線が痛い。
どうやらシルラは耀に話しかけているようで、その実、陽の自己紹介を待っている。
もちろんその意図は『あなたどのコミュニティにも所属してないんじゃないの?』である。
陽はできる限り無難に対処しようとする。
「僕は瀬丹田陽と言います。このコミュニティで見習いをやっています。」
「
「ひ、人違いなのではないでしょうか…」
「カラティンも会いましたよね。」
「はい。私も瀬丹田陽なる人物とあったと記憶しております。」
あ、詰んだ。
どうやって弁明しようか悩んでいると、先輩が助け船を出してくれた。
「陽は新しいコミュニティを成立させるため、今は一時的に私の元で学んでいる。無所属には変わりない。」
「そういうことでしたか、失礼しました。書類、これで問題ないでしょうか?」
そう言ってシルラは耀に書類を渡す。
耀は書類を見回し、問題がないことを確認してから言った。
「問題ありません。では、商談は終了です。ありがとうございました。」
「こちらこそ、ありがとうございました。」
そう言って、シルラはカラティンを引き連れて帰って行った。
シルラが完全に帰ったのを確認してから陽は言った。
「先輩。ありがとうございます。」
「いいよ、知り合いだったの?」
「まあ、買い物している時に知り合いました。」
「その時、何かあったの?」
「いえ、何も。強いて言うなら僕らが店の出口を通るのに少しずれていただいただけですけど。」
その言葉に耀は少し驚いたような顔をした。
「向こうがずれたの? 自分から?」
「まあ、一応。」
「へぇ。」
ここまで追求されると、陽も流石に不安になる。
「あの、そんなに珍しいんですか?シルラが
「うん、珍しい。シルラのギフトは割と有名なんだ。自分の霊格以下の相手を服従させる能力。だから、この商談はシルラが来たんだと思う。もしシルラの霊格以下の人が交渉した場合、そのコミュニティを絞り取れるからね。」
と、先輩は断言する。
その恩恵に陽はぞっとする。
「でも、相手の霊格以上であればいいんでしょ。霊格=強さみたいな物なんだから、俺たちがシルラより強いって話じゃ…」
陽の言葉を遮って先輩が言った。
「この恩恵でわかっていることはもう一つあって、男性に効きやすいんだ。シルラは恐らく、6桁までの男性なら大概は操れるはずだよ。」
「つまり、練花はともかく俺と織は本来なら操られるはずだった、と。」
「そう、私の見立てでいくと、陽の霊格は6桁の半ばぐらい。織は身体はただの人だから7桁のはず。つまり、シルラの服従対象。」
「じゃあ、なぜ俺らは操られなかったんですか?」
「妥当に考えられる可能性は2つ、一つ目は私の読み違い。二つ目は精神干渉もしくは恩恵全般を無効化する恩恵がある。」
「でも先輩、俺は精神干渉を無効化するギフトを持ってませんよ。」
「そう、それが問題。“
「はぁ、ってええッ‼︎」
冗談じゃない。どう考えてもボコボコになる未来しかみえない。というか既に喧嘩もどきをして一回ボコボコにされていた。陽は戦闘は好き、というか大好きなのだが、一方的に痛めつけらせるのは流石に遠慮したい。
ただ、横で少し楽しそうにしている耀先輩を見ると、断れない。
「やるしか無いのか…」
まぁ、なんとかなるだろ。そう思って陽は了承した。
*
場所はノーネームの空き地で行うことになった。
陽の装備には練習用の刃が付いていない槍が一本貸し与えられた。服も黒のジャージなので、動きやすさには問題無い。
両者の距離は10Mほどあいており、耀先輩は何も持ってはいなかった。
陽は深呼吸をして、槍を構える。数え切れないほど刷り込まれてきたこの動作によって陽の意識が戦闘にと切り替わる。
「準備は良いですよ。先輩。」
「じゃあ、始めようか。」
その言葉と同時に、耀先輩が突っ込んできた。驚くべきはその身体能力だ。 10Mの距離を一度の着地も無く跳躍して距離を詰める。
「これならッ!」
耀先輩がとった行動は余りに愚直だ。進路に槍を突き出すだけで先輩を止められる。
そう思い陽は槍を突き出した。
「捕らえた‼︎」と確信する。
だが、耀先輩は当たる直前、空中を蹴ってこれを右側に避ける。
「マジかよ⁉︎」
驚きの余り声が漏れる。耀先輩は空中を蹴って接近し、右足で陽の頭を狙って回し蹴りを繰り出す。
「その程度‼︎」
陽は槍を横に振るう、耀はこれを右腕で受け止めるが、数歩、後ろに下がる。
陽はその隙に追撃の突きを放つ。
頭、喉、胴体と狙う。耀は何とかこれを躱すが、態勢が崩れていく、
そして四撃目、肩口を狙った攻撃に耀は大きくよろめいた。
ここだ‼︎と確信した陽は槍を薙ぎ払う。
力任せの一撃を、耀は片腕だけで受け止め、そのまま吹っ飛ばされた。
だが、吹っ飛ばされる途中、耀は受け身をとり、態勢を立て直す。
「槍持つとそこそこは強かったんだね。陽って。」
「そりゃあ徒手空拳では先輩にズタボロをされましたけどさ、俺はこっちが本職ですから。」
陽は槍を構え直す。
「じゃあ、私も、少しだけ本気出すね。」
耀先輩はギフトカードから幾何学的な模様の書かれたレリーフを取り出し…
「“
レリーフが光りだし、耀の身体を包む。
「うっ」
思わず眩しくて陽は目を閉じる。
数秒後、光が収まるのと同時に目を開けた陽に待っていたのは、
陽は、一瞬で男の子の顔になった気がした。
「先輩ッ‼︎それなんですか、すっげぇカッコいい‼︎」
思わず声が出る。
「ありがとう。これが私のギフト、
「望むところです‼︎」
「じゃ、行くよ。」
次の瞬間、先輩は陽の右斜め後ろにいた。
「エッ?」
その余りの速さに、脳が思考を停止した。
耀はそのまま、右足で蹴る動作を始める。
そこでようやく陽は思考を取り戻す。
「やべッ!」
回避は不可能だと悟った陽は槍の腹で蹴りを受け止める。が、
「重ッ‼︎」
だがこの蹴り、これだけの威力なら隙も大きい、と思った陽は返し手に槍を払う。
これは間違いだった。耀はこれを読んでいて、横に払われる槍をしゃがんで回避、かつ耀の真上に来た槍を右足で上に蹴り飛ばした。
「ッ‼︎」
陽は慌てた表情になる。だが、槍を手放すまいと伸び上がった手足では、どうする事も出来なかった。
左足での回し蹴りを陽に当たる寸前で止めた耀に対して、陽は持っていた槍を落とし、両手を挙げた。
「降参です。負けました、先輩。」
だらしなく陽が宣言すると、耀は足を下ろし、具足を解除した。
「………ヴィクトリー」
「いやそれを負かした相手に対してされても反応に困るんですが、」
「思ったより強かったよ、陽は。10秒以内で瞬殺出来ると思ってたのに。」
「………それは褒められてるのでしょうか。」
どちらかわからず、微妙な顔をする陽。
「いや、そんな事はないけど?」
「ですよね………」
ガックリと肩を落とす陽。
「……でも、それだけやれるだったらいいかな。今晩、織と練花を連れて来てくれる?話があるから。」
そう言って耀は戻っていった。
*
「いらっしゃい。」
その夜、陽は織と練花を連れて、耀先輩の元に向かった。
部屋には耀先輩の他にレティシアがいる。
「で、何の用でしょう、先輩。」
「その事については、私から説明しよう。」
と、レティシアが口を挟む。レティシアはそのまま説明を始めた。
「もうすぐ、お前たちの研修期間も終わりとなる。これが終わると、お前たちは一人立ちする事になるのだが、あと一つ、大きな問題が残っている。なんだと思う?」
これは織が早かった。
「財政だね。僕たちはまだ、食費一ヶ月にもならない程度のお金しか持ってないはずだからね。」
「その通り。そこで提案なのだが、明日、“ノーネーム”主催のギフトゲーム、“黄金の鉄火場”がとり行われる。これは、簡単に言えば金剛鉄を採掘して金に換えるゲームなのだが…、お前たち、それに出てみないか?」
レティシアは挑発するようにそれを言う。
「ルールはまとめるとこうだ。
1.金剛鉄を採掘する。
2.他人から奪ってもOK
3.制限時間内に1番多く持っていた人が勝者。
4.ブロック制で予選と決勝がある。
どうだ?なかなかシンプルな内容だろう。それにこのゲームで優勝できるのなら、かなりいい宣伝になるぞ、なんといっても地域支配者が運営するからな。5桁のコミュニティですら参加する事がある位だ。」
「もちろん、やりますよ。」
陽は即答する。
「実際、これで優勝でもしないと、これから先、派手にはやっていけないんでしょう。卒業試験として受けさせてもらいます。」
「いい返事だ。だが陽、コミュニティの名前は決まっているのか?」
「もちろんです。でも、公開は明日まで待って下さい。華々しく宣伝してやりますよ。」
「では期待しとこう。楽しみにしているぞ。」
話はそこで終わり、陽たちは礼を言って部屋から出た。
「確認とってなかったんだけど、織、練花、異論は?」
「なし、身体が鈍ってた所だ。ちょうどいい。」
「僕もないね。」
「じゃあ明日、締まっていこう。」
作者コメ
遅くて申し訳ないです。次のは1週間以内には頑張って出したいので、宜しくお願いします。
追記
パソコンの故障により、暫く更新不可となりました。誠に申し訳ございません。
新問題児の箱庭外伝 @moti
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