第7話

結局、耀先輩は黒ウサギに連れられ執務室らしき所へ監禁された。

執務室に連れて行く黒ウサギの姿はベテランで、陽は思わず黒ウサギの今までの苦労を思って同情した。

ともあれ、陽たちの仕事説明は、レティシアと言う次女頭がしてくれることになった。

レティシアは金髪の10歳前後に見える美少女で、お人形見たいで可愛らしい。その上、誰の趣味かフリフリのメイド服を着ているので、とても愛くるしい。

が、本来の姿は成人の女性で、歳は○百歳らしい。

余談だが、黒ウサギの歳も二百歳を超えていると言っていた。ここは神仏の世界、とわかってはいたが、スケールが違いすぎて、陽にはそれが長生きなのかどうかが全く分からなかった。

「私はレティシアだ、ここノーネームで次女頭をさせて貰っている。お前達との付き合いは四週間弱だろうが、宜しく頼むぞ。」

「よろしくお願いします。」と陽たちは返し、各々の自己紹介を簡単に済ませる。

「では、仕事の内容を説明する。ついて来てくれ。」

そう言ってレティシアさんが連れて来たのはノーネームの土地の一角、埃まみれの、ボロボロの建物があるところだった。

建物は日本の平均的な二階建ての一軒家より一回り大きい位の大きさだった。煉瓦と木で造られていだが、今は目も当てられないような状態になっている。

「仕事の内容は簡単だ。この建物を使えるようにすれば良い。掃除も含めてだ。道具・材料は一通りは揃えておく。終わったら…そうだな、最低でも3日、休日をあげよう。もちろん給料も出る。町に出て本来の目的をしっかりとやってくるといい。質問はあるか?」

レティシアの問いかけに、織が答える。

「仕事をする時間は、朝ご飯を食べてから、夜ご飯を食べるまででいいの?」

「ああ、好きにするといい。だが、最低でもこの仕事は完成されて貰うぞ。あんまりチンタラしていたら飯も抜くからな。」

「分かりました。」

「飯を抜く」と言っているが、陽の見立てではこの建物の修理は、普通の人が3〜4人で一ヶ月ぐらいかかる量だ。特に気にしなくてもいいだろう。

「せっかくだし、お前達を慣らすためにも、ギフトゲームの形式にしようか。」

そう言ってレティシアは一枚の羊皮紙を渡した。

『ギフトゲーム名、struggle for salary』

・プレイヤー一覧:瀬丹田陽、二折織、内土練花

・勝利条件:“ノーネーム”の建物一棟の修理

・ルール概要

一、期限は四週間とする。

二、材料及び道具は“ノーネーム”側が用意する。

・敗北条件:期限切れ

・参加者側の勝利報酬:給料の授与及び、最低でも3日の休息

・主催者側の勝利報酬:給料を授与せずに修理を完成させられる。


宣誓:上記のルールを尊重し誇りと御旗の下、ゲームを開催することを誓います。

“ノーネーム”レティシア 印』

契約書類ギアスロール”が渡される。と言ってもやる事は変わらない、四週間以内に建物を修理すればいいだけだ。

「私は仕事があるので戻るぞ、わからんことがあったら聞いてくれ。では、始めていいぞ。」

そう言ってレティシアは戻って言った。

自然と気合が入っていく、箱庭に来て初の仕事なのだ、当然だろう。

今の気持ちが落ち着かないうちにやってしまおうと思い、「よし、やるか。」という掛け声と共に、陽は仕事に取りかかった。

「終わった〜」

歓喜の声が“ノーネーム”の一画に響く、もちろん陽たちの声だ。

「まさか掃除に3日掛かるとは。」

「本当だよ。1日あれば終わると思ったのにね。」

口ではそう言っているものの、織も上機嫌だ。

建物の補修だけなら練花のギフト“変質させる槌ドウェルグ・ハンマー”のおかげで10秒で概形が完成したのだ。

だが、大変なのはそこからだった。中に入ってみると、床は埃だらけ、一歩歩くと蜘蛛の巣が絡まると言った悲惨な有様だった。その結果、一部屋一部屋丁寧に掃除しているうちに、掃除に3日掛かってしまったのだった。

だが、終わった後の完成度は高く、レティシアさんからよくやったと褒められたものだ。

「よっし、町を見学しに行こうぜ。」

今はまだ昼の1時過ぎだ、休憩は明日から数えて3日だが、レティシアさんは今日も残りは休みだと言ったし、早めに町に出ておきたい。

「折角だ、いいぜ。」

「僕も賛成かな。」

誰からも反対意見が出なかった所で、 陽たちは活気溢れる鉱山都市に繰り出した。

町に出て最初にしたのは、服を買うことだった。と言うのも当然で、陽たちは替えの服を何も持って来ていないのだ。

流石に3日も同じ服を着続けるのはどうかと皆思ったらしく、全会一致で可決された。

という訳で、現在陽と織は練花の服選びに付き合っていた。

「どうだ?この服?」

「うん、いいと思うよ。陽はどう思う?」

「げ、俺に振るのかよ。うーん、そうだな、まあ似合ってると思うぞ。」

実際、練花が選んだ服は上はピンクと薄い紫のストライプのヘソ出しシャツの上に紫色のパーカーを着ていて、下は短いジーンズを履いていた。とてもよく似合っている。が、

「露出が多いが、それで良いのか?」

陽としては出来るだけ普通に言おうとしたのだが、上ずったらしい。

「へえ、陽くんは練花さんの服が刺激的だと、さっきから視線を避けているのはそのせいかな?」

横から織が冷やかしてくる。

「うるせぇ、コレぐらいが普通だ。寧ろお前の平常運転の方が異常だ。」

「そりゃあ、手術する時には患者は裸だしね。別に今更人間の身体を見たってねぇ?」

さいですか。

陽は周囲を見回し、反撃の材料を探す。

そういや織は黒ウサギの毛にご執心だった。

「あっ、あそこ。獣人が着替えてるぞ。」

「うわっ、陽くん獣人に興味あるんだ。知らなかったなあ。」

こいつ……

陽と織の言い争いに決着が着いた。

無論、勝者は織だ。

「んで、じゃあオレはコレにしようかな。」

そう言って練花は会計を済ませた。

その時、店内のドアが開いたと思うと、新たに入って来た女性客が入って来た。

女性客は若く、年は陽たちと同じ位だ。白髪で顔は少し童顔気味だが、女性にしては背が高い。一見すると喪服に見えそうな黒を基調としたドレスをよく着こなしていた。

従者は女性客より少し年齢が下回っていて、陽たちと同じ位か下だろう。実際、身長は練花と同じ位だ。銀色の、華美さはないが性能の良さそうな鎧を着ている。

そんな二人組の内、女性客の方が、店に入るなり口を開いた。

「失礼ですが、このお店の服は私が全て買い上げます。ということで店内にいる皆さん、この店の服は全て私が買いますので、今すぐこの店の服を置いて出て行って下さい。」

間一髪、練花の服はさっき会計を済ませたので、練花の物だ。ならば、この後に起こるだろうと予測される一悶着が起こる前にこの場から離れるのがいい。

横を見ると、織と練花も同じ事を考えていたらしく、ヒッソリと出て行こうとする。

が、相手はドアの側にいる。見つからずに逃げる事は不可能だ。

まあでも、悪い事をしているわけではない。声をかけられない事を祈りながら、横を通り抜けよう。

「ねぇ、それはこの店の服じゃなくて?」

そんな事はなかった。

「ん、ああ、残念ながらこれはさっきお前が店に入る前にオレが買ったものだ。まさか、これも置いてけって言うのか?」

思ったより練花が声を荒げないで助かった。流石のあいつもここでのドンパチは意味がない事を分かっているらしい。

まあ、それは相手の返答次第なのだが、

女性客は少し迷った素振りを見せ、その後、練花の方を見てから言った。

「いいでしょう。私が来る前に買ったというなら仕方のない事です。それに、私の命令は聞かないようですし。」

ほっ、と一息つく。最後の方は小声で何言っているのか聞き取れなかったが、ひとまず問題なく終わったようだ。

だが、その女性客の視線が陽と織の方に向いた。

「あら、貴方達……」

その瞬間、感じたのは選別の視線だった。

自分が他人ぼんじんとは一線を画す事を自覚し、そう振る舞う事によって始めて出来る視線。

それは努力して身につくものでは無く、

それは天賦の才によって与えられるもの。

緊張が高まる。いや、すぐに暴発しそうだ。

一秒が一分のように感じられる。

身体中が「早く体を動かせ。」とで叫ぶ。

堪えていた緊張の糸がはち切れそうだ。

もう、だめだ。と思った瞬間、女性客が視線を逸らした。

「ふぅん。中々見込みのありそうな感じ。ねぇ、貴方達どこのコミュニティ?」

その時には先程までの視線はなくなり、元の空気に戻っていた。

陽は一息入れてから、出来るだけ平常心を保って答えた。

「すみません。俺たちはまだこっちに召喚されたばかりなので、どこのコミュニティにも所属してないです。」

「ふぅん。じゃあ名前は?」

「左から、内土練花、瀬丹田陽、二折織です。失礼ですがあなた方のお名前は何でしょうか?」

「 あら、こちらからは名乗らず申し訳ありません。私はシルラと言います。こっちは従者のカラティン。カラティン、挨拶を。」

そう言うと、従者-カラティンと呼ばれた少年が一歩前に出た。

「従者のカラティン-正確には2世ですが。以後お見知り置きを。」

そう言って一歩下がる。

「名前は覚えたわ。では、ごきげんよう。今度はギフトゲームの敵としてで会えるといいですね。」

そう言ってシルラは店の中に入っていった。

「ふぅ〜」

思わずため息が漏れた。我ながら良く切り抜けられたと思う。背中には冷や汗がびっしょりだ。気持ち悪い。

「それにしても、店の商品全部買おうとするとか、スゲェな。どんだけ金持ちなんだよ。」

「ほんとだね。このお店、“六本傷”のブランドで、結構高い筈なのに。」

次々と感想を言い合う。

「つーか陽、お前シルラ相手に敬語使い過ぎだろ。問題起こしたく無いのは分かったが、あれじゃへりくだってる様に聞こえるぞ。」

と、練花が注意すると、

「いや、それを陽くんに求めるのは酷というものだよ練花さん。思春期の男子っていうのは、綺麗な女性に話しかけられるとああなるもんだから。」

と織が間違ったフォローをした。

…様に見えてアレは違う。会話の時の反応が面白かったからもう少しからかおうという目をしている。

間違いを正すのと、話題を切るために、陽は訂正する。

「いや、そうじゃなくてだな、俺、あのタイプの女性、本能的に駄目っていうか、苦手っぽいんだわ。という事で、次から会話する時はどっちか頼めない?」

すると練花は一瞬迷ったが、受け入れてくれた。

「いいぜ、苦手なんだったらしゃあないもんな。」

「サンキュ、じゃあ、気を取り直して、町の散策を再開するか。」

コミュニティの調査を忘れている気がするが、まあ、まだ3日ある。ゆっくりやっていけばいいだろう。

「やっぱ見つかんねえな。いいコミュニティは。」

今日は休暇の最終日の夜、もう町は一通り見て回り、コミュニティはだいたい把握したが、条件の良いコミュニティが見つからないのだ。

「しょうがないでしょ。実際、ここが一番の高待遇だったんだから。」

そう、当然と言えば当然だが、ここ、“ノーネーム”は地域支配者レギオンマスターをしているだけあって、この地域では一番の良い物件だったのだ。

「これからどうする?」

練花が問う、と言っても、この真意は“ノーネーム”に雇ってもらうか?という意味だろう。

だが、陽はこれに対して、賛成か反対ではなく、別の答えを用意していた。

「なぁ、提案があるんだが、」

そう切り出すと、練花と織が興味深そうに聞き返してきた。

「なんかあるのか?」

「ああ、俺たちで?」

それは場の空気を変化させるのに充分だった。

練花が、面白そうな顔をする。

「へぇ、いいじゃん。悪く無い。むしろいい。1から始めるのも、確かにいい事だ。俺は賛成するぜ。」

織の方を見る、すると織も問題なさそうに頷いた。

「それは面白そうだね。というか、そうしないと僕は自分の研究室を持てなさそうだ。」

胸をおろす。ここで、反対されると計画は破綻していた。流石によう一人では、新しいコミュニティを作ろうとは思わない。

「だが、金はどうする、それなりにはいるぞ。」

練花が問題を口にする。それは今、最も話したくない話題だったのだが、

「すまんがノープランだ。どうしようか?」

練花と織はえっ、となったが、すぐに対応策を考え始めた。慌てても仕方ないと思ったのだろう。こういう所は、この変人達の良いところだと言えるだろう。

その時、ドアの向こうから、レティシアさんの声が聞こえた。

「お前達、時間良いか?話がある。」

代表して陽が答える。最初は織に代弁されていたら、問題発言をしそうだったので代表していたが、今はもう練花と織から直々に代表として答えろと言われていた。

「時間は大丈夫です。何でしょうか?レティシアさん。」

「一応はコミュニティとしての正式な話だ。耀の仕事部屋まで来てくれ。」

と言って、レティシアは手招きした。

レティシアについて行き、仕事部屋まで陽たちが行くと、そこで待っていたのは耀と黒ウサギだった。

「失礼します。それで、話とは何でしょうか?」

陽が質問する。その質問には耀先輩が答えてくれた。

「催促するわけじゃないんだけど、陽たちはこの三日間でコミュニティは決めた?」

陽たちは返答に詰まり、互いに見合った。

ここ数日で取得したアイコンタクト(いたずらしている内に勝手に身に付いた)によると、折角だしここで相談して見ようという事になった。

「その事で陽さんたちに相談があります。俺ら、新しいコミュニティを作ろうと思うんです。」

「よ、陽さん?それはとても危険なのですよ!陽さんたちはまだ召喚されたばかりで右も左もわからない状態なのです。そんな人たちに黒ウサギはコミュニティを作らせるわけにはいきません!」

ついで、レティシアが質問する。

「お前たち、なぜ新しいコミュニティを作る?ここの近くのコミュニティにないのなら、多少遠くまで行って探してやってもよいのだぞ。」

「多分、それでも心は変わらないと思います。約一週間、ここにいましたが、箱庭のコミュニティの同士を思う心は素晴らしいと感じました。特にこの“ノーネーム”では、非プレイヤーの子供も、プレイヤーの陽さん達も、互いが互いを大事にしあっていて、尊敬と友情で仕事が回っているとても良いコミュニティだと思います。僕たちもこのような良いコミュニティを作ろうと思いました。」

と、陽がひるまずに答える。これはまぎれもない陽の本心なので、すらすら出てきた。

「意気込みはわかった。だが、こちらも素人を送り出すのは気がひける。一ヶ月、一ヶ月の間コミュニティの運営に必要な知識等々をみっちり仕込んでやる。それが最低条件だ。」

これに対し、陽の顔は見る見る間に明るくなっていく、反対される事が身に見えていた分、安心したのだろう。

「分かりました!ありがとうございます!レティシアさん‼︎」

取り敢えず、一旦話がまとまったので、耀が口を開いた。

「うん。わかった。もしあなたたちが決めてないって言うんだったら、うちに来る?って言おうと思ってたから、少し残念。でも、新しいコミュニティ、凄く良いと思う。こっちで出来るとこがあったら、出来る限りバックアップするよ。」

「本当に、ありがとうございます。」

「では、お前達、明日からは厳しくなるぞ。覚悟しておけよ。」

「分かりました、レティシアさん。ご指導のほど、宜しくお願いします。手加減しなくて良いので、ビシバシお願いします。」

こうして、陽たちは新コミュニティ設立に向けて、準備を始めたのである。


作者コメ

遅れてゴメンなさい。でも、次の更新はもっと遅れると思います。物語もようやく本番になって来たので、見放さずに見てくれると幸いです。

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