第6話

そう言って耀は握手を求めてきた。

特に断る理由も無いので陽は握手に応じる。

「初めまして。俺は瀬丹田陽と言います。名前、同音とは驚きました。こちらこそ、よろしくお願いします。」

「オレは内土練花だ。練花でいいぜ。よろしく。」

「僕は二折織。好きなように呼んで。こちらこそよろしく。」

「では、陽さん…御三方様の食事が冷めますので、続きは食事中ということで。」

「紛らわしいなら、俺のことは瀬丹田でいいぞ、黒ウサギ。じゃ、飯食うか。」

「そだね。」

「ようやくだ。」

陽たちは食事を開始する。メニューはオススメと書いてあった、ペリュドンのハムエッグと紅茶だ。

「美味い!」

「うん。おいしい。ペリュドンって元があれだからどうだろうと思ったけど、かなりいける味だね。」

「白米が欲しいな。店員さん、ライス追加で。」

「うん、ペリュドンはおいしい。黒ウサギが奢ってくれるからどんどん食べないと損。」

「ええ、黒ウサギが奢るのでどんどん食べちゃって…って耀さん⁉︎なんでまた食べてるんですか!」

「黒ウサギが奢ってくれるから食べないと損。」

「耀さんの分は奢らないに決まっているでしょうがこのお馬鹿様‼︎」

「チッ。」

「当たり前でごさいます!と言うか耀さんは仕事をさぼってるのにこれで黒ウサギが奢ったら黒ウサギが耀さんのさぼりを助長した事になるでしょうが‼︎」

「そうして罪を被せる予定だった。」

「言い訳の材料にするならまだしも、罪を被せる予定だった⁉︎このお馬鹿様‼︎」

黒ウサギはどこから取り出したのか、特大サイズのハリセンで耀の頭を叩く。

スパァァン‼︎と子気味の良い音がした。

「そもそも私はこの状況を読んでここに来たから、さぼってない…」

「そんなわけないでしょうが‼︎それなら先程の下りは要りませんでしたよね!いい加減にしないと怒りますよ‼︎」

「怒らせてるんだよ。」

「お馬鹿?いいえお馬鹿ッ‼︎」

疑問形から言い直す黒ウサギ。同時に手に持ったハリセンで耀の頭を叩く。

スパァァン!スパァァン!と二回、子気味の良い音がした。

「箱庭の貴族(…」

「言わせるかッ‼︎」

さらにもう一度、黒ウサギは手に持ったハリセンで耀の頭を叩く。

スパァァァァン!と本日最大の音が聞こえた。

「本題に入っていいでしょうか。」

陽たちの食事がひと段落した所で、陽は黒ウサギたちに話を切り出した。

「僕たちは今日の朝方、箱庭に召喚されました。なので、最低限生活に必要な物がまだ無く、このままではのたれ死んでしまうでしょう。この世界には、召喚されてから一ヶ月の間、自由にコミュニティを選ぶ権利があります。なので、僕たちがコミュニティを選ぶまでの間、住み込みのバイトとして、僕たち三人を雇って頂けないでしょうか。」

そう言って陽たちは頭を下げる。

しばらくの沈黙の後、耀が言った。

「うん、いいと思う。まだ他の仲間に相談しないといけないから了承は出来ないと思うけど、私としては前向きに検討したいと思う。」

陽は心の中でガッツポーズをした。

「さしあたって確認しておくけど、仕事の内容は掃除洗濯と言った基本的な家事と、畑仕事になると思う。それでもいい?」

「問題ないです。大丈夫だよな?練花、織。」

二人は頷いて返してくれた。

「わかった。残りはうちのコミュニティで話そう。」

勘定を済まして外に出た。行き先は近くの境界門アストラルゲートという、一瞬で区画から区画へと移れるテレポート装置のような場所らしい。

「なぁ、黒ウサギ。」

「何でしょうか?」

「店内での会話で、耀さんが黒ウサギのこと、箱庭の貴族って読んでたよな。あれは黒ウサギのあだ名なの?」

「ああ、そのことでございますか。それは少し違うのです。黒ウサギは“月の兎”と言う種族に属しております。」

「それって、自分を焼いて人間に食料を与えたというあれ?」

「Yes,大まかな話はそれでいいのです。その話に則り、黒ウサギたち“月の兎”は箱庭の創始者の眷属となっています。」

「だから箱庭の貴族なんだな。」

「いえ、もう一つ理由があります。黒ウサギ達の種族は、“審判権限ジャッチマスター”という特別な権限を持っているのです。“審判権限”の能力は主に二つ。一つ目は黒ウサギの耳は箱庭の中枢と繋がっています。その結果、黒ウサギが審判をするゲームではルール違反をした瞬間。即失格、敗北扱いとなります。これは敵味方関係無く黒ウサギにも無意識に行われるので、黒ウサギが仲間だからといって、イカサマし放題と言う訳ではありません。二つ目は、ゲームを無条件に中断し、ホスト側と対面し話し合う事の出来るという権限です。これをすると、黒ウサギは15日間そのゲームに参加出来ませんが、この権限は魔王に対しても使うことが出来るので、強い権限と言えるでしょう。その二つの理由から、黒ウサギたちの一族は“箱庭の貴族”と呼ばれているのです。」

「へぇ、黒ウサギはそんなに凄いのか。」

「そうなのですよ。ですから、さっきからずっと、隙があれば私の耳を抜こうとするその目を止めて頂けないでしょうか。織さん。」

「ただのウサギ耳だったら諦めてたけどさ。月の兎のここの中枢と繋がってる耳だよ。ますます解剖したくなるじゃないか。いつかお金を稼いだら、その耳売ってくれない?毛でもいいからさ。黒ウサギさん。僕はこの耳の仕組みを解明したいだけなんです。」

「いやに決まってるじゃないですか。黒ウサギは断固お断りします。」

「織は研究者なの?服、白衣だし。」

「違いますよ、耀さん。僕はどちらかといえば医者です。解剖と研究は趣味です。簡単な外科手術から出来ますから、怪我した時は是非言って下さい。」

「うん、わかった。でも、それは必要ないかな。うちのコミュニティにはまだ角の余りがあるし、他の薬草や幻獣の薬もあるから。それと…」

耀はそこで、声を潜めて言った。

「黒ウサギの毛でよければいくらでもあげるよ?黒ウサギの部屋に沢山あるし。」

「いいんですか⁉︎ありがとうございます。」

「いやちょっと待って下さい耀さん。何勝手に他人の髪の毛渡す約束してるんですか!」

「落ちてるのだからいいでしょ、黒ウサギ。それに黒ウサギの箪笥の一角にある黒ウサギお気に入りのブラシにかかってるやつじゃ無いのを選ぶから。」

「そういう問題じゃないですよ!というかなんで耀さんその事を知ってるんですか⁉︎」

「そりゃあ黒ウサギがいない間に黒ウサギの部屋に入ったからに決まってるじゃん。」

「何やってるんですか耀さん‼︎」

「別に女性同士だからいいでしょその位。」

「それ以前の人としての問題ですッ‼︎」

「黒ウサギ…人…?」

「人型であれば多少耳とか尻尾とかあっても人ですッ‼︎ああもう黒ウサギは部屋に鍵をつける事を要求しますッ‼︎」

「リーダーとして却下。」

「さっきまで仕事サボってた人が言える台詞じゃないでしょうがこの問題児様ッ‼︎」

そう言ってまたハリセンで耀の頭を叩く黒ウサギ。

そんな恒例となりつつある光景を苦笑いしながら歩いていると、目的地である境界門に辿り着いた。

「ここが境界門だよ。今回は私たちのコミュニティがある六桁まで行く予定。」

そう言って耀は係員に金貨を一枚渡し、行き先を伝えていた。

行き先を伝えた耀が戻って来た瞬間、移動が始まった。

といっても移動は一瞬で、陽達は全く気づかなかったのだが。

「着いたよ。」

そう言って歩き出す耀を追う様にして耀たちも歩きだした。

「うおぉ…」

思わず感嘆の声がもれる。一瞬で移動した境界門もそうだが、新しい町にも驚かされていた。

まず目に付いたのは大きな山、所々が窪んでいたり、穴が空いていたりするのはあの山が鉱山だからだろうか。また、町の市場と思われる場所には活気があって、好景気だという事を感じさせた。

そんな事を考えていると、耀さんが解説をしてくれた。

「この町はあの大きな鉱山を中心とした鉱山都市なんだ。開発は最近始まったばかりで、まだまだ発展途上だから、もっと上を目指そうとしているコミュニティが集まっている傾向があるかな。ご飯も美味しいし、とてもいい町。」

陽が感心していると、練花が質問した。

「耀さんのコミュニティはどこにあるんだ?」

「ん、あそこ。」

そう言って陽さんが指を指す方向を見て、陽たちは頬を引きつらせた。

耀さんが差した場所は鉱山の麓のかなり規模の大きな場所だったからだ。

「なら…あの山は…」

恐る恐る練花が尋ねてみる。と言ってももう答えは分かっている様なものだ。

「私たちのコミュニティの土地。」

「マジかよ…」

「うん、おおマジ。ということで、続きはコミュニティの中でしようか。」

俺たちは絶句して何も言えないまま、耀さんについていくしかなかった。

陽、練花、織の三人は黒ウサギと一緒にコミュニティの客室のソファに腰掛けていた。耀さんは他のメンバーと話し合うためにここにはいない。

「なぁ、黒ウサギ。もしかして黒ウサギのコミュニティって結構凄かったりしない?」

「まあ、そうですね。控えめに見ましても黒ウサギたちのコミュニティはかなり凄いと思うのですよ。」

「例えばなにがある?」

「そうですね……一番凄い事なのは“ノーネーム”のまま六桁に昇格した事なのでしょうが、御三方様にはまだ実感がわかないでしょうから、“地域支配者レギオンマスター”をしている事でしょうか。」

「つまりこの外門で一番大きなコミュニティという事でいいな?」

「YES,そうなのですよ。“地域支配者”に選ばれるコミュニティは経済力か戦闘力が優れているコミュニティなのですが、黒ウサギたちのコミュニティは経済力はこの鉱山を所有していることからわかる通り大きいのですが、最大の理由は戦闘力と言えるでしょう。」

「具体的には?」

「“ノーネーム”は土地の規模のわりには人員は少なく、大半がゲームに参加出来ない子供たちのです。なので、軍としての戦闘力には大規模コミュニティに劣るでしょう。しかし、個人としての戦闘力を見ると“ノーネーム”の同士たちは一騎当千、と黒ウサギは断言します。」

そう言った黒ウサギの顔は自信と誇りに満ち溢れていて、決して誇張ではないことが伝わった。

「じゃあ、陽さんってどれ位強いんでしょうか?」

「そうですね…最終的には負けはするんですが、本気だした蛟劉さんとまともに闘えるのは、今の下層では陽さんとあと何人かしかいないと思いますよ。」

自分のことは棚に上げて陽を褒める黒ウサギ。

だか、陽たちは呆れて何も言えなかった。

「へぇ……陽さんはそんなに強いのか……」

「あの蛟劉と…はぁ、すげぇな。」

「人は見た目じゃないんだね…」

とりあえず陽さんを怒らせない様にしよう、と三人は思った。

そんなこんなで陽がどれだけ強いかを聞かされた直後なので、

「黒ウサギ、話し合いは終わった。」

と、陽がドアがをノックもせず開けた際には、思わず飛び上がりかけた。

「話し合いで、短期でバイトを雇用する事が決まった。これからよろしく。」

「はい…こちらこそよろしくお願い致します。」

「ご迷惑をお掛けするかもしれませんが多めにみてください。」

「あと、先程までは失礼しました。」

明らかに他人行儀な言葉遣いに変わったからだろう。陽は不思議そうな顔をして言った。

「黒ウサギ、なんかあったの?」

数分後、黒ウサギの説明を受けた耀は笑いながら言った。

「私もまあ…ある程度は強いけど、そんなに言う程のものでもないよ。それに私は…それこそ同士に暴力を振るったりしなければ基本的には怒らないから安心して。言葉遣いも砕けたのでいいよ。年、そんなに変わんないし。」

陽たちはホッと胸を撫で下ろした。

「さっきはすみません、じゃあ、これからよろしくお願いします。先輩。」

陽としては当たり前の事をしたつもりなのだが、耀先輩は放心していた。

「どうかしました?先輩?」

ようやく放心状態から戻った耀が口を開いた。

「今…なんて言った?」

「えっと…どうかしました?先輩?と言いましたが…」

思わず、頭打ちました?と投げかけたくなった陽に黒ウサギが小声で説明してくれた。

「耀さんは外界では人付き合いの少ない人だったそうなので、先輩と呼ばれるのは初めてなのではないのでしょうか。」

成る程、と陽は納得した。確かに初めて先輩と言われた時のあの嬉しい感じは陽も経験した事があった。

「先輩……うん、わかった。それじゃあ、これからここの案内をするね。」

そう言ってそそくさと歩き出す耀先輩。この人とは長い付き合いになる気がした。



作者コメ

しばらく更新が遅れると思います。

申し訳ありません。

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