第10話

事務所につくとそこには仮屋がいた。

「遅い時間までご苦労なことだ」

「そっちこそ俺たちのことを知っていていたんだろう」


犬飼のもくろみは当たっていた。

もしユカの働いているガールズバーから苦情が入ったとすればその相手はこそこそと周囲を嗅ぎ回っていた犬飼の上司である仮屋に向かうはずだ。


「なるべくなら穏便に片付けたいところだったんだがな」


考えてみればこの依頼は仮屋を経由して回ってきた仕事だった。

裏にガールズバーのケツ持ちのやくざがいても不思議ではない。


「山本秀だったかな。君も下手な真似をせずにおとなしく金だけ渡していればこんなことにはならなかったんだ」

「あんたに何がわかるんだ」


山本は怒っているようだった。それは当然だろう。自分なりに考えて行動したあげくそのすべてを否定されるのだから。


「まさかユカが裏で悪事の片棒担いでいるとは思わなかったんだ」

「まあ君の場合半分は自業自得だな」


それでユカの反感を買ったのだから擁護はできない。


「それで向さんはなんといっている?」

「元金プラス二十パーセントの利子をつけて返せと」


なかなか良心的だろと仮屋は笑う。

だがもとの金額があまりにも高すぎる分利子も結構高くつく。


それを山本は支払えるのだろうか。


「金ならあとからどうにだってなる。だから唯のことだけは」

「それをいう相手は俺じゃないぞ」


まだ若い山本にはひどく感じられるだろうが仮屋はこういう男だ。


「それじゃあんたは何をしてくれるんだ」

「そういうところが甘ったれたお坊っちゃんだな」


自分でも自覚があるのか山本はそれ以上楯突きはしなかった。


「俺だって本当は自分が甘いってことに気がついているよ」


彼は自嘲するように話始める。


「親に甘やかされたばか息子だって思われているんだろう。それが嫌で真面目にやっていた時期もあったけれど結局は何も変わらなかった」


だけど唯だけは違ったのだと彼は呟く。


「唯だけは俺のことを一人の人間として見てくれていた。あのバカ親父たちと違って。だから俺は彼女を可愛がっていた」


おそらく彼は自覚していないようだが山本はどこにでもいる普通の青年だ。

それが周囲の声に惑わされ、金に目が眩んだ。


それだけ彼の立場というものが危ういものだったということだ。


「君の言い分はわかった。だけどこれからどうするか覚悟は決まったか」

「そのくらいの覚悟ならとっくの昔にありますよ」


どうやら仮屋に指摘されて腹を括ったらしい。


「俺は確かに失敗した。自分のことだけ考えていて周りのことを一切考えていなかった」


自分のしたことの大きさにようやく気がついたらしい。

彼なりの覚悟が伝わってきた。


「友達なんてバカらしいと思っていたのがバチが当たったのかもな」


山本は仮屋に向かって頭を下げる。


「金は自分で働いて返します。だから唯の居場所を教えてください」


それだけでは足りないと感じたのか自分で土下座をする。


「おいそこまでする必要は……」


相手は仮屋だ。ケツ持ちのやくざではない。彼相手にそこまでする必要はないんじゃないかと犬飼は思った。


だが。


「そこまでするなら教えてやるよ。妹さんの居場所を」


仮屋は住所のかかれたメモを手渡してきた。


「これまた遠いところだな」

西新宿の雑居ビルが指定されていた。


「金の方は?」

「それは明日になればできるよ」


自宅に戻れば友人たちからせしめた現金がある。

それを振り込む予定だろうか。


「犬飼さん、俺卑怯だとわかっていてもこの方法しか思い付かないんだ」

「君の事情はわかった」


十中八九相手側は更なる金を要求するつもりだろう。

だから本来の金額より多くの現金を持ち運ぶことになる。


なかなかリスキーなことをしないといけないだろう。


「俺、大切なことを見失っていたんだな。二人に会わなかったらそれすら気がつけなかった」

「それより今度ユカに会ったら大目玉だぞ」

彼女の期限を損ねるとは案外抜け目のないやつかと思えば隙も多い人間たということだ。

「ははっそれは怖い」

そうやって笑う姿はどこか晴れ晴れとしたものだった。

腹を括った青年はすっとこちらを見据える。

「だから頼みますよ犬飼さん、俺の力になってください」

「俺は高くつくぞ」

ふふんと鼻を鳴らすと仮屋がおかしそうに笑う。

「昔はキャンキャンうるさかったお前が人に頼られるようになるとはな」

「それのなにか悪いか」

「悪くはないが人間ってのは案外変わるもんだな」

頭をガシガシ犬のように撫でられると複雑な心境だ。

「俺はガキじゃない」

「そうやってすぐにふくれるところがガキなんだよ」

仮屋は再び山本の方を見る。

少しばかり緊張感が走ったがそれを静かに見守る。

「お前さんもわかっているんだろうが今回の件はバックに俺の仕事仲間が絡んでいる。本当なら金だけはらっておとなしくしてもらうのが筋だが」

懐からタバコを取りだしライターで火をつける。

「今回は特別だ。金は当然払ってもらうがことの顛末がどうなるかは見せてやるよ」

ふっと息を吐くと山本が煙たそうな顔をする。

「ごほっ。わかりましたよ」

少し生意気そうな声で一応納得したようだ。

「じゃあ俺の車で送ってやるよ」

「ありがたいこった」

「減らず口はあとでやってくれ」

かくして唯の待ち受ける現場に向かうのであった。

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NAUGHTY DOG 野暮天 @yaboten

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