第9話
山本と合流できた頃には深夜になっていた。
電話をくれた本人は不安そうに犬飼の方を見る。
「遅いですよ。犬飼さん」
彼は焦ったような表情でそう告げる。
「言っただろう。遅くなるって」
待ち合わせは二十四時間営業しているファストフード店。
周囲には終電を逃した若者やサラリーマンが時間を潰していた。
「それで唯はユカと一緒にいるんじゃなかったのか?」
「はい。だから今日は彼女の家に向かったんです」
「そしたらいなかったと」
「唯もユカもいなくてもぬけの殻でした」
考えられることは二つ。
ひとつは単純にユカが唯を連れ去ったということだ。
もうひとつは。
身代金目的の誘拐。
ユカは見た目のわりに幼い。
その性格が災いして事件を引き起こしたとしたら。
考えられないことじゃない。
「くそっ。俺がもっとしっかりしていれば」
山本は自分の迂闊さを呪うのであった。
「今は後悔している時間じゃない。考えろ」
情報を引き出すために山本の時間を与える。
本当なら一分一秒でも時間を争うのだが。
「彼女たちがいく場所に心当たりはないか」
「あったら今こうしてのんびりしているわけないですよ」
本人いわく心当たりがある場所はすでに行ったそうだ。
だからあとは最悪の結末を考えるしかない。
「たしかあのガールズバーのケツ持ちはどこかのヤクザだったよな」
「えっそうなんですか」
裏情報に精通しているわけではないがそれとなく店内をみていると明らかに堅気でない人間もいた。といってもごくたまに店長に話しかけているのを見かけた程度だが。
「ユカが告げ口をしていたってことじゃないか」
「やっぱりそうなんですか」
そういう口調はどこか寂しげであった。
「そもそも海外旅行にいこうなんて誘って金集めていたのは誰だ?」
「バレてましたか」
山本の作戦は単純だった。周囲の人間に旅行にいこうと誘って現金を集める。そして本来支払うべき金額をクレジットカードで引き落とす。
それによりてもとには高額な現金が集めることができる。
だから大丈夫と彼は思っていたのだろう。
「それに集めた金を唯と一緒に高跳びするために使おうとしただろう」
「そこまでわかるとはさすがだな」
「手の込んだ真似しやがって」
「犬飼さん口調がやくざだよ」
その金の大半は脅してくる相手に振り込む予定だったが彼はそれをせず唯と外国に逃げることを選んだ。
一ヶ月くらいなら持っている金でどうにかなったのだろう。
だがそれを実行する前にユカに真実が露呈してしまった。
「ここで重要になるのはユカの存在だ。彼女の機嫌を損ねずにバックについている連中と接触しないと」
「犬飼さんそれ本気ですか」
黒社会の人間と関わると聞いて山本は怖じ気づいたようだ。
「ビビっているのか」
「そりゃびびらないやつの方が珍しいでしょう」
健全な生活をしていればこうはならなかったのだろうな、とは思う。
「まずは脅された文面を見せてくれ」
スマホを差し出され文面をチェックする。
「指定した期日までに金を振り込まないと大事なものを失う、か」
そう書かれていた。
「あとこれです」
『浅香唯の身柄は拘束した。翌日に電話をかけるから指示通りに動くように』
高校生くらいの少女の姿が写真にとられている。
格好は私服なので年齢まではわからないがたしか今年で18になるそうだ。
「これって結構大事なことじゃないか」
なんで早くに教えてくれなかったのかと言いたかったがそれを遮られる。
「誰にも相談するなって書いてあるんですよ。話したら俺の所業がバラすって」
犬飼に相談した時点でアウトということか。
というか父親にもらった金があるだろうと思う。
だがそれ以前に金を払えば解放してもらえるという考えが甘いのかもしれない。
なら犬飼のできることは。
「唯を助け出してくれ。お願いだ犬飼さん」
いつもの余裕な表情はどこにいったのか彼は真剣だった。
「わかった。その写真をもっと見せてくれ」
ピントがわざとぼかされてはっきりとどことは特定できなかったが雑居ビルの中のどこかだということはわかった。
あとは山本が通っていたガールズバーだけが頼りだった。
そこからユカがどの組織の人間と関わっていたのかはっきりするだろう。
「時間がな……」
「俺ミキさんの番号知ってます」
必死にスマホをいじる姿はいつもの彼ではなくどこにでもいる普通の兄の姿だった。
「もしもし、今からちょっと会えませんか。緊急事態なんです」
だが電話は無慈悲にも切られてしまう。
しかたがない。
こちらから動くしか方法はないようだ。
犬飼はなれない携帯を使ってあの男に連絡をいれる。
そして向かうべき場所は。
犬飼が勤めるカード会社の事務所だった。
「ほらいくぞ」
「行くってどこに?」
「つけばわかる」
さんざん文句を言われながらも暗い路地を歩き出す。
男二人で深夜に何をやっているのか怪しまれないか心配だったが幸い誰も興味を持っていないようだった。
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