桜舞う始業式 #3

 


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「もう、次からは絶対に置いてくからね!」


 栗色の長髪を揺らしながら、俺の幼馴染――笹倉 結衣ささくら ゆいは言い放つ。


「起こしてなんてあげないからっ!」


 結衣の怒声が、もう誰も居ない通学路に虚しく響いた。遅刻の運命から逃れるため現在全力疾走中だというのに、元気な奴だ。


「ああ」


 そんな彼女に、俺は欠伸混じりのやる気の無い返事で応えた。こんな態度では結衣の怒りを助長するのではないかと思われがちだが心配御無用。結衣は甘い物さえ与えてやれば大抵のことは許してくれるのだ。


 ただしそのためにはある程度の犠牲が必要になる。主に金銭的な意味で。今回は寝坊の件を許すことと引き換えに、結衣の行きつけの喫茶店で何でも好きな物を奢るという約束を取り付けられた。

 今から財布の中身が心配になり、俺は自分の後ろ髪をぽりぽりと掻いた。


 燃えるような紅色の髪。元々癖毛気味のこの髪は、寝癖のせいでいつもよりも跳ねている。


「遅いよしーちゃん! あと五分しかないんだからペース上げるよ!」


「へーい」


 学校まであと少しというところで結衣は走るスピードを更に上げた。睡眠不足の俺の身体には大分堪える。俺は欠伸を噛み殺しながら、コンクリートの道路を強く蹴った。


 ちなみに先ほどから結衣が言う『しーちゃん』というのは俺の本名、天嶺 熾音あまみね しおんの一部から取った渾名だ。



 さて、それから間もなく俺達二人は目的地に着いた。迎えるのは物々しい雰囲気を纏った荘厳な門。

 そこには『霧ヶ咲きりがさき第一魔法高等学校』と書かれている。これが俺達の通う学校だ。学年は、今日から二年生である。


 魔法――それは人類のうち約三割ほどの者が使うことのできる力である。現代に存在する異形の怪物、『魔物』に対抗する最も有効な手段だ。


 そんな魔法を教育するための機関が、この魔法高校なのである。魔法高校に入るには厳しい入学試験を通らねばならず、合格に至るのは精々『三割』の中の更に二割だと言われている。

 その難関を突破できずに涙を飲んで魔法の道を諦める学生達は毎年続出する。


 だがそうは言っても若い才能を育てるためには魔法高校は必要なのだ。

 しかしそれでいて建設・運営に莫大な経費が掛かるため、数が少ない。そこそこ大きな地方都市であるここ、霧ヶ咲きりがさき市にも我が校霧ヶ咲第一を含めて三校しかない。


 従って一校一校の規模が大きく、敷地面積が広い。つまり当然、校庭も馬鹿みたいに広い。

 そして俺と結衣は今、その無駄に広大な校庭を呪い、時計と睨み合いながら猛ダッシュしていたのだった。


 ――始業まで残り、三分。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

学び舎にて使い魔は出づ 弓咲タラオ @yumiyoemi

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ