データセンターに棲む男

想良 留

1

整然と並んだサーバー機器は一定の間隔を保ちながら重低なうなり声を上げていた。


日本最大のビジネス街・東京丸の内の中心地に建つ巨大なオフィスビルの地下深くに最先端の技術を集積した情報施設データセンターが存在することを知るのは、施設の運営会社とビルの管理会社を置いて他にない。


「私は、データセンターで生まれ育ったようなものなんです」


田川さんは事も無げに言った。


「もちろん、データセンターがデータセンターとしてその存在を知られるようになるのはずっと後のことですが」


田川さんは僕のインターン先の IT 企業に勤めるエースエンジニアで(その企業はデータ分析関連のオープンソース・ソフトウェアの運用保守サービスと独自開発したクラウドサービスの拡販で小さくない収益を上げていた)、顧客データの管理や、大量のサーバーアクセスを効率よくさばくための負荷分散の設計を主な業務としていた。世界中をあまねく繋ぐインターネットとそれを支えるインフラ技術に心酔し(ほとんど盲目的な陶酔だった)、東大の修士でスパコンを研究した後は基盤技術に日夜問わず触れられるインフラエンジニアを迷わず志望、就職した。


「そういえば、田川さんの出自うまれについて詳しく聞いたことってなかったですね」


僕の相づちを遮るように、田川さんは続けた。


「富山の山奥にある、林業以外にこれといった産業的特徴を持たない人口2万人ほどの田舎町に生まれました。ちょうどプラザ合意が発表された日だっていうので、何を思ったか父親からつけられた名前がでした。タガワエン。何とも甲乙のつけ難い名前です。まあもっとも、この名前がきっかけでにのめり込み、その後大学で計算機科学を専攻することにも繋がるのですが」


色素の薄いつるつるとした頬に苦笑の色を浮かべながら、コンピューターの熱を効率的に逃がす排熱装置を愛らしそうに眺めた。


「私が5歳になる頃、家から歩いて3分もかからない土地に巨大なデータセンターが建ちました。一辺倒だった産業政策に陰りが見え始めていた当時、次の基幹産業として政府が目を付けたのが IT だったのです。後の分散型アーキテクチャー隆盛を見据えた政府中枢はにわかに IT 立国を画策、汎用サーバーを集約管理する最先端の IT 施設をつくりました。外部の機器とネットワークを介して通信が出来たことを考えると、インターネット越しにデータの受け渡しを行う今日のインターネット・データセンターの原型と言えなくもありません。そんな最新鋭の施設を、どこに建てるか延々議論する中で白羽の矢が立ったのが、富山の山中だったというわけです」


「なんだってまたそんな辺鄙へんぴなところに」


「町内会長のご子息が郵政省の役人だったようです。プロジェクトの主要メンバーの一人でもありました。それに富山は元来地盤が強く、大規模な地震や災害による設備倒壊のリスクが小さいのです。また全国有数の降雪地帯でもあるので、積もった雪氷を発熱するサーバー機器の冷却に充てられます。データセンター建設の条件がぴったり適合したのでしょう」


「なるほど」


「その役人と私の叔父が同級生で、小さな警備会社を営んでいた田川家が周辺施設を含めたデータセンター全体の警備を依頼され、引き受けることになりました。今考えればおかしな話ですが、政府としても水面下でひっそりと進めていたプロジェクトで、公に喧伝けんでんする気もありませんでしたから、目の行き届く範囲での利用はむしろ好意的に受け入れられたのだと思います」


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