第三試合
第16話 俺たちの幕府(1)
君は、夢を持っているか!?
人として生を受けたからには、夢のひとつでも見なければ勿体ないというものだ。
夢を追う人間は、男も女も、老いも若きも輝いている。
輝かせた魂のエネルギーを注ぐ『先』を持っているからだ。
行き先がなければ、どんな天才の魂もそうそう輝いてはくれない。
だから、内容は何だって良い。些細なものでいいし、バカバカしくてもいい。
とにかく己の理想とする「何か」を、全力で信じて、信じ抜くこと。
その絵空事を現実にするために、己の持てる限りの力をつぎ込むこと。
それこそが、人生を最高にホットでエキサイティングにする方法なのだ。
ただ漫然と生きていても、漫然と死んでいるのと何も変わりはしないぜ!
……これから語るのは、夢に人生を捧げた若者たちの物語。
己の夢をどこまでも信じて戦った侍たちのエピソードだ。
* * *
今から四年前。
彼らが中学二年生だった時に、その夢は始まった。
幼少の頃よりきわめて頭の回転が速かったこの少年は何をやらせても覚えがよく、勉強から運動から隙がなく文武両道、末は医者か大臣か、はたまた金メダリストかノーベル賞か? などと噂される逸材だった。のだが。
現時点で彼が何か華々しい結果を残しているかというと、答えはノーだった。
もちろんテストの成績は学年一位であるし、体育を含めたあらゆる評価は最高の「5」だ。通知表上の数値で彼に敵う者はいない。
しかしこれまでに何かの大会で優勝したであるとか、全国模試で一位を取ったとか、スペックの割りにそういった華々しい「実績」を持たない。
現在は特に部活動にも所属せず、進路希望にもなんという事のない中堅校を書き、教師をがっかりさせる。そんな男だった。
実際のところ、彼は今まで経験した学問、スポーツ……そのどれにも興味がなかったのだ。というより、現代に存在するあらゆる職業、身分、勲章に興味がなかった。
彼にとって、そこには夢がなかったからだ。
「……なあ
「どうした」
ある日の休み時間。いつものように水元は親友の芦加賀タカシに話しかけた。
芦加賀は秀才ではあったが能力においては水元に及ぶところのない少年である。
だが、ロマンを解する心を持っていた。
「幕府、って良いと思わないか」
「……というと?」
何の脈絡もない突然の話題だった。あるいは、神童たる水元の中には彼なりの脈絡があったのかもしれない。
いずれにしてもとにかく、芦加賀がその発言を一笑に付すことはない。それが水元の隣に立つ条件であった。
「いいか。センスだ。感覚だ。ハートの問題だ」
「お前はスピードが速すぎる。もう少しわかりやすく頼む」
「……例えばだ。今から単語を言う。心躍ったら『ワクワク』それ以外は『ノー』で答えろ」
「政府」
「ノー」
「議会」
「ノー」
「幕府」
「……ワクワク」
「医師」
「ノー」
「総理大臣」
「ノー」
「教授」
「ノー」
「将軍」
「……! ワクワク!」
「そういうことだ」
「本当だ。オイ、本当だなコレ!」
「そしてだ。俺は気づいてしまったんだよ。幕府と政府には決定的な違いがあるんだ」
水元は珍しく興奮気味に立ち上がり、
「鎌倉幕府、室町幕府、江戸幕府。幕府はこういう名前で呼ばれる。だが政府はどうだ? 今の政府を呼ぶとしたら?」
「……『日本政府』?」
「そうだ! 他国でもそうだ。アメリカ政府、フランス政府、イギリス政府。凡庸な名だ」
「いいか芦加賀。幕府には、政府にない可能性があるんだよ。俺たちが住んでいるここは茨城県つくば市だ。これだけなら面白みは無い。だが、あそこ! あの山の頂上に幕府を開いたらどうなる!?」
水元は窓から見える小高い山を指さした。比較的市街地からも近いその山は、彼らの通う学校からもよく見える。
その山の名を、女体山といった。
「芦加賀、答えろ。お前はこの名を聞いてどう思う。『女体幕府』!」
芦加賀は戦慄した。ただでさえパワーワードである「幕府」に、さらなるパワーワードである「女体」を重ねる(なお言うまでもなく、二人とも女体は大好きだ)。
強力な言霊を感じる。胸の高鳴りが抑えられない。彼は答えた。
「……ワクワク!」
「そう! これが、ワクワクするって事なんだよ」
このとき水元の瞳は既に、狂った輝きを灯していた。
人生で初めて、彼にスイッチが入った瞬間だった。
「なあ芦加賀。俺……やるべき事を見つけちまったよ」
「み、水元……まさか、お前」
「初めてなんだ、こんなに心が躍るのは。俺はこのために生まれてきたんだよ」
水元は芦加賀の目をまっすぐ見た。その眼差しは強く、濁りなく、彼の言葉に一片たりとも嘘や誇張が含まれていない事が芦加賀にも感じ取れた。
神童は息を整え、そして己の決意を、告げた。
「俺は『女体幕府』を、この国の統治機構の名にする」
「……!」
その言葉を聞き、芦加賀の脳内には一瞬にして、多くの疑問が浮かんだ。誰もが考えるようなことだ。
なぜ今あえて幕府?
可能なのか?
政治家になりたいわけではないのか?
お前の力があればもっと人の、世の役に立てるような事がいくらでもできるんじゃないのか?
だが芦加賀はあえて、あえてそれらの疑問を全て己の中で封殺した。
これらの疑問は、神童たる水元の中にも当然浮かんだであろうものだからだ。彼は芦加賀などよりもずっと速くそれらを考慮し、その上で先の言葉を宣言したのだ。
「……それがお前の、選択なんだな」
「そうだ」
「冗談でも、遊びでもなく?」
「そうだ」
「……来るか? 一緒に」
教室に差し込む西日を背に、水元は手を差し出した。
夢を追う人間は、男も女も、老いも若きも輝いている。
輝かせた魂のエネルギーを注ぐ『先』を持っているからだ。
行き先がなければ、どんな天才の魂もそうそう輝いてはくれない。
今の水元は、魂を注ぐべき
それが芦加賀には、直視できないくらい眩しく見えた。
「……お前は本当に、ワケのわからない野郎だぜ」
芦加賀は水元の手を握り返した。
彼は秀才ではあったが能力においては水元に及ぶところのない少年である。
だが、ロマンを解する心を持っていた。
「だから、最高だ」
それが水元の隣に立つ条件であった。
窓の外では夕日が女体山にかかり、彼らの野望の熱を示すがごとくに、赤々と燃えていた。
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