第14話 死ね! ベートーヴェン
チームというものが、同じ形を保ち続けるのは難しい。
野球でもサッカーでも、十年前に最強だったチームが今も常勝というわけにはいかない。同じスター選手の活躍を永遠に見続ける事もできないし、黄金期もあれば低迷期もある。戦い方のスタンスやチームコンセプトも時とともに変わる。
引退、故障、海外への移籍、トレード、新人獲得、世代交代。あらゆる集団に変化はつきものなのだ。
バンドもそうである。
メンバーの脱退や追加などは茶飯であるし、それによって音楽性が変化するのはある種当然である。
メンバーが変わっていないのに、メジャーデビューなどを契機に突然曲調が変わってしまう事もある。
また、はた目には何も変わっていないように見えても、実はメンバー内の関係がグチャグチャになっていた、なんて事もあったりする。
それにより成功する事もあれば失敗する事もあるが、いずれにしても変化は免れない。時代も環境も、人も、時を経れば変わるものだからだ。
恐山フィルハーモニー交響楽団も例外ではなかった。
青森県で発足したこのバンドは八十人という大所帯を抱えてスタートした。
その圧倒的人数もさることながら、「電子機器を一切使わない」「迫力はあるが、うるさ過ぎず聴きやすい」「指揮者がいるなんて珍しい」と結成当時から評判であった。
その注目度は高く、初ライブにして狭苦しいライブハウスが満員になってしまい、客が一人も入れなかった、などという伝説もある程である。
そのうち彼らは規模に合わせて市民ホールで公演を行うようになり、またライブを演奏会と呼称するようになっていった。
「非常にオーケストラ性の高いバンド」「もはやオーケストラと言っても過言ではない」「オーケストラじゃないの?」口コミやSNSで人気は広まり、彼らの
青森県は『知恵の実』の出荷数が全国一位の県である。古来より『知恵の実』の栽培で生計を立て、また常にその果実を食していた青森県民はきわめて知能が高いことで知られている。
いまや青森市は世界最先端のIT企業が集う
その青森を代表するバンドにまで、彼らは二年で上り詰めた。
順風満帆と言っていい状況だった。誰もがバンドの存続を疑いもしなかった。全国制覇に手が届くレベルだと噂されるまでにもなった。この時点でバンドにほころびが生じ始めていた事に気づいていた者はいなかった。
「そろそろ俺らもさァ、ガーシュウィンあたりに手ェ出していくべきだと思うんだよ」
メンバーからのその提案は数か月に一度は持ち上がる風物詩のようなものだった。『ガーシュウィン』というのはロックの一ジャンルであり、アメリカ系のものだ。
彼らの日頃扱う『ベートーヴェン』『ブラームス』などのロックはドイツ系であり、普段、
「いやー、そういうのは、まァいいだろ」
指揮者にしてリーダーである出須沢は『知恵の実』を齧りながら、いつものように一笑に付した。睡眠を削って音楽の研究にいそしみ、目にクマをたたえた「死神」の青白い顔には赤い『知恵の実』がよく似合う。
バンドメンバーも基本的にはドイツ系を嗜好する者が多い。今回の提案も多数の支持は得られないだろう。過去と同じく、あっさりと立ち消えるはずだ。そう簡単にバンドの音楽性は変わらない。そう思った。
「……お前はそう言うだろうと思ったぜ。だがもう、そうはいかねェんだぜ」
だが提案した
そこでようやく出須沢は思い返した。ドイツ系を嗜好する中心人物だった
バンドは変わっていたのだ。
「ちょっと待て。何勝手な事を言い出してんだ」
そこへ、古株である
「俺たちはよお、もっと激しいのがヤりてぇんだ。じゃなきゃつまんねェ。何のためにバンドやってんのか、わかんなくなっちまう」
「結成からこの方向でファンがついてきてんだろうが。客を裏切るのかよ」
「このくらいの変化について来れねェファンなんかいらねえよ」
「……何だと」
雲行きが怪しくなってきた。出須沢が三白眼を泳がせる。
「だいたいそのファンだって半分くらい客席で寝てんだろうが! もっとファンキーでポップなやつをヤんねえとダメなんだよ!」
「野蛮きわまりないな。知的な音楽こそが青森には相応しい」
「何が知的だ! 古いだけだろうが。俺はずっと言いたかったんだよ! つまんねえ曲ばっか書きやがって。死ねよベートーヴェン!」
「なッ。冒涜的な事を。貴様らのような者をのさばらせるなら、ガーシュウィンこそ死ぬべきだ!」
「……きっさまァ」
「おォ、やるか?」
「お……落ち着けお前ら! どっちもとっくに死んでるよ!」
にらみ合う八戸と二戸。いよいよ両者の怒りは臨界だ! 八戸もよほどフラストレーションが溜まっていたらしい。出須沢はあわてて間に入ろうとした。だが遅かった。
「いいだろう……どっちが死ぬべきか、決めようじゃねェか」
「望むところだ」
「バカおい、バンド潰す気か!」
「「死神は黙ってろよ」」
そして戦争が始まった。
オーケストラのようなバンド、などというと落ち着いた雰囲気の上品な集団を連想される事が多いかもしれない。彼らが演奏するのはクラシックというジャンルのロックだし、曲調もなだらかなものが多い。
だが、彼らは音楽家なのだ。このIT都市青森で企業への就職を選ばず、己の表現する芸術それ一本で生計を立てようなどと考える、常識知らずのアウトサイダー。一人ひとりがそうなのだ。
そんな社会不適合者が八十人も集まっている。
それが『恐山フィルハーモニー交響楽団』なのだ!
当然、戦いは熾烈を極める。
「
クラリネット担当の三十五戸が全身から血を噴いて倒れた。
手を下したのは二戸である。一流のヴァイオリン奏者であれば、弦を巻き付け、それを軽く
「
千戸は巨大な鉄製の太鼓「ティンパニ」に轢き潰された。ティンパニには運搬用という名目でキャスターが付けられているため、戦闘時には重量と機動性を兼ね備えたおそるべき装甲車となる。
「お、おい、お前ら、お前ら……!」
出須沢はおろおろと左右を往復する事しかできなかった。一流の指揮者であれば、指揮棒を神速のレイピアとして扱い、即座に愚か者の首を
だが出須沢にはそれができない。彼はインドア派であるし、何より、そんな事をすれば彼の育てたバンドが無に帰してしまう。産休や留学に行ったメンバーも、帰る場所をなくしてしまう。
結論から言えば、どんな手を使ってでも争いを止めるべきだったのだ。
こうしている間にも
八十人を巻き込んだ戦いは四十分ほどで終わりを迎えた。ちょうど交響曲を一曲演奏するくらいの時間である。
出須沢は立ち尽くしていた。
生存者は彼一人。
音楽性の違いで、バンドが
悔やんでも悔やみきれなかった。こいつらともっと上に行きたかった。
そのメンバーが、全員……。
「おお、これはこれは」
その時であった。
頭上からどこか冷たい声がしたのは。
「どうします? 今なら死にたて割がおトクですけど」
* * *
チームというものが、同じ形を保ち続けるのは難しい。
こんなにも、難しい。
二年前には、八十人で百六十本の足があったバンドである。
今は、たったの二本。
人数は同じなのに!
「なあ、お前ら」
文字通り、死霊を率いる『死神』となったデス沢が声をかける。
「俺の金にも限りがある。今年がラストチャンスなんだよ。お前ら
「死神……」
感銘を受けたように、
「確かに、音楽がしたい……。その心は変わらねェからな」
「や、やろうぜ」
己を鼓舞するように、
「あの熊にも見せてやろうぜ、俺たちのロックをよ……!」
「お前ら……! よし、もう一度最初からだ」
感極まり、デス沢は指揮棒を構えた。
そう、アウトサイダーであろうと、社会不適合者であろうと、それぞれの音楽性が、殺し合うほどに違おうと。彼らの根の部分は繋がっている。
音楽家であるという点で、繋がっているのだ!
「いくぜ、ワン、ツー、スリ」
「グガオォォォォォォォオオオン!!!」
だがそこへ熊!
すでに対岸であるイースト・ステージにまで迫っていた!
「うわァ!」
「えっ」
「ギャアアアアアアアアーーーーーーアアアアアーーーーーーー!!」
ガブガブ! ガブガブ!
「おおおーーーーーーーっとこれはアァーーーー! 北海道代表、クマのジョゼフィーヌ! 恐山のメンバーを捕食! 霊を……食べています! こんな事があるのか!」
「夏場の彼女の食欲なら、相手に足があるとか無いとか、関係ないですねえ」
放送席は冷静にコメントしながらも両者とも既に失禁!
死者を捕まえなお殺す!
デスメタルに終わりは無い!!
「おおおおオイ、マジか、マジか……! いま感動的なとこだったろうが、逆転するとこだったろうが……!」
「グォオオオオオン!」
だが熊のほうが強い!
ガブガブ! ガブガブ!
熊は半透明の死霊を次々に飲み込んだ。
圧倒的な暴力を前に、恐山のメンバーは手が出なかった。足は既になかった。
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