第7話 行間

「…………あ」

 暗い地下深く。牢の中で、ボロ雑巾のような何かがうめき声を上げた。

 思い出す。これまでのこと。昨日は何があっただろう。

 そうだ、昨日は腕を切り開かれた。

 おとといは胸を切り開かれた。

 その前は足。

 その前は何だっただろうか。

 ただEXAの因子を持ったがために疑われ、ここに幽閉されてからどれほどの月日が経った?

 もはやあの爆破事件の犯人かどうかよりも、EXAホルダーとはどんな存在なのだろうかということに、人々の関心が移ってからどれだけの太陽が沈んだ?

 最初はEXAホルダーだと罵り、あざけり、時には乱暴まで働いていた看守たちでさえ、その視線に憐憫を含めるようになってからどれだけの星が廻った?

 そうだ、そういえば看守たちの話によれば、ついに明日は自分の頭が切り開かれるらしい。EXAが何なのか知るためなら人命さえ軽んじる彼らのことだ。切り開いた頭蓋を、これまでのようにきちんと閉じてくれる保障など、ない。ひょっとすると―――ご苦労さんさようなら、なんて切開に使ったメスでそのまま脳を突き刺すかもしれない。

 そのことを想像して、少年は自分の肩を抱き寄せた。

 これまでも、ここに閉じ込められてから死を連想することはあった。けれど、今のは最大級だ。

 高い窓からのぞく寒々とした月光を見るのもこれが最後かもしれない。

 誰も迎えには来ない。誰も助けには来ない。誰も悲しんだりはしない。

「ああ―――」

 かすれた声が口から洩れた。もうかれこれ、数か月はまともな会話をしていない気がする。言葉を忘れてしまってやいないかと心配で、少年は静かに声を出す。

「寒い、なァ…………」

 かろうじて紡がれた言葉。よかった、まだ自分は人間だ。人の言葉もわからない獣に成り下がったわけじゃない。

 そう思うだけでも、少年は生の充足を感じた。きっと明日には失われる、はかないそれを。

「………っ」

 意図せずに声が漏れる。感情が、生を感じた心が、思いのたけを体の奥から紡ぎだす。

「……死にたく、ない…………」

 嗚咽が混じる、息も絶え絶えになる。けれど、その声だけはより大きくなる。

「こんなところで……死にたく……ねえ………!」

「そうか。なら、生きればいい」

「!」

 声のした方向に、目を見開く。同時に、しまった、と思った。こんなことを言っていたのが知れれば、EXAを蛇蝎だかつのごとく嫌う連中は喜び勇んで自分を痛めつけるだろう。

 怯えるような目線で、しかし虚勢を張るように、少年は声の主を睨み付けた。

 その先にいたのは、メガネを掛けた長身の女性。銀の髪が月光に揺れて、口角の上がった不敵な表情を、より不敵で掴みどころのないものにしている。

 黒いスーツで身を包んだ彼女は、睨み付ける少年を困った顔で見つめると両手を広げた。

「何もするつもりはないよ、坂上将磨・・・・クン。私は、君をこの地獄から救いに来たんだ」

「……救い、に…………?」

「ああ、そうだ」

 地獄の薄暗さから将磨を引っ張り出すように、彼女は将磨へと手を差し出した。

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蒼星へのザイオキスタ 鶴来絵凪 @enasword

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